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びおら弾きの微妙にズレた日々(再)

音楽・アート(たまにアニメ)に関わる由無し事を地層のように積み上げてきたブログです。

   

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ヴェリズモ・オペラ二本立てを現代の日本で楽しむ話

昨年、お手伝いで出演させていただいた名古屋テアトロ管弦楽団ですが、今年の演目はなんとカヴァレリア・ルスティカーナと道化師(パリアッチ)の2本立て。どちらもイタリアの片田舎で起きた恋愛✕刃傷沙汰のメロドラマで、オペラとしては比較的短い上演時間のため、抱き合わせでプログラムされることが多い作品。
今年も予定が許せば乗る予定だったのですが、仕事との両立かなわず、本番を観に行くことになりました。



カヴァレリア・ルスティカーナ

日本語に訳すと「田舎の騎士道」(スマートさに欠けるのもいいところ…)。内容はイタリア南部の田舎町で、妻をかけて男同士が決闘するという筋書きで、もう少し詳しく書くと、自分の妻が昔の恋人と不義密通を働いていると知らされた男が、決闘にて相手の男、すなわち妻の昔の恋人を倒すという話。これだけだと、「身から出た錆」で終わってしまうのだが、実は「妻の昔の恋人」にも現在の恋人がいて、劇は彼女の視点で進行する。つまり「恋人が昔の女とこっそり付き合っている! その女はすでに人妻なのに!」という流れだ。昭和の言葉で言えば「メロドラマ」がぴったりくると思う。(ついでに令和の視点でみると、女性が完全に「モノ」扱いされているのがよくわかるので、歴史上の価値はさておき実にひどいドラマではある)

これがなぜ現代まで人気があるかというと、まず、音楽がひたすら美しい。有名な間奏曲は言わずもがな、聖母マリアを祝うため教会へ向かう女性たちのコーラスも清らかで美しい。が、一番感銘を受けたのはオペラの最初、平和でのどかな村の景色を描写するところだった。一気に昔のイタリアの村へ飛んだような気がした。

人気の理由の2つ目として、「元祖メロドラマ」というのがあるのではないかと思っている。ヴェリズモ・オペラの典型として有名な本作だが、そもそも「ヴェリズモ・オペラ」は現実主義的オペラという意味合いで、ドロドロした人の情念を扱い、暴力的なシーンも厭わないのが特徴になっている。極端な形ではあるが、生と欲望と死が日常生活レベルでごった煮になっているところに面白味があると言えるのではないかと思う。また、興味深いのがの悲劇がおきるのが聖母マリアのお祭りの日ということだ。血なまぐさい生と清らかな聖の対比も見て取れる。

さて、これをテアトロ楽団は演奏会形式で上演。鉄壁の歌手陣と完璧な字幕と効果的な演出のお陰で、とてもわかりやすく楽しめた。合唱団はモブも兼ねているが、うまい具合に場になじみ、演出の大部分を担うオーケストラは陰になり日向になり物語を支え、オペラの世界をうまく表現していた。

……とさらりと書くと簡単そうに見えるけれども、物語の場面に合わせた音を作り、歌に合わせてうまく盛り上げるのは大変難しい。楽譜通りに演奏すればよいものでなく、空気感というかイメージを共有しなくてはならないからだ。テアトロ管弦楽団と合唱団はその大事なポイントをきちんと押さえていたので、歌手の方々もあれだけ熱演できたのではないだろうか。

道化師(パリアッチ)

こちらもヴェリズモ・オペラの代表作で、内容はやはり痴話喧嘩のもつれからくる刃傷沙汰。イタリアの田舎町へやってきた旅回りの一座の物語で、妻の浮気の現場を押さえた座長が、怒りと悲しみをこらえて予定のプログラムを上演するも、錯乱を起こして現実と芝居の区別がつかなくなり、最後には妻と浮気相手を刺してしまうというオチ。内容はメロドラマだが、特筆するべきは劇中劇の存在と前口上。

道化を演じる役者もまた人の子であり、血と肉を持つという内容の前口上が、上演中に錯乱を起こす道化役=座長への伏線になっている。芝居と現実世界が互いの境界線を侵食してゆく過程がこのオペラの肝と言っていいかもしれない。そして境界線を破る動力が愛と憎しみ、言い換えれば人の欲望だ。だから、このオペラが成功するかどうかの一番のカギは、人間が持つドロドロした感情とその流れをいかに観客に伝えられるかにあるのだと思う。

そういう意味で、テアトロの舞台はすごかった。歌手陣の歌の迫力! 座長の妻の小悪魔的な魅力、彼女の(不倫相手の)恋人役の苦悩と焦り、蔑まれ役の役者の横恋慕と昏い熱情、何より座長の妻に対する愛と憎しみの激しさ。セリフを読んだだけでは腑に落ちなかった言葉の数々が、舞台で歌手の身体から発せられるとものすごい腹落ち感があるのだ。特にラストの「これで喜劇は終わった!」が持つ意味。舞台を見てようやく「そういうことだったのか」とわかる。人間は理性ではなく感情で動く生き物なのよ、この時代でも。

先にも書いたが、歌手がその力を存分に発揮するには、他の要素が大事。演出、合唱、オーケストラ。オーケストラの譜面はかなり難しいとは聞いていたが、本番で聞く分には、緊張感と熱量が技術面をカバーしてなお余りあるのではと、感じた。そして、舞台の中で一番熱かったのは佐藤マエストロだと思う。全身でオペラを表現する熱さ。コンマス名物のHUPにも負けない身振りの大きさ(気のせいかもしれないけれど、両足ジャンプの瞬間もあったような)。熱がぐるぐる巡ってあの舞台になったのだなと思う。

縁あって、ほぼ毎年のようにテアトロ管弦楽団と関わらせていただいているが(聞くか弾くかの違いはあれ)、おかげでイタリアオペラという広大な沼のほとりに立っている。これから飛び込むのか引き返すのかはまだわからないけれど、世界は広くて深いんだな、ということだけは実感している。

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