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びおら弾きの微妙にズレた日々

『ムゲン』二題 (作 くるりんさん)

『夢幻』

こんな夢をみた…、漱石でも黒澤監督でもありません。最近どうも夢見が悪く、駅のホームで駅弁を買ったり立ち食い蕎麦を食べていてディーゼル列車に乗り遅れる、或いは乗り過ごす(=降り遅れる)ような夢ばかり見ます。しかも、車内に荷物を残したまま発車するという…。その荷物が、何だか知らないけれどケースに入った楽器だったりして…。駅に電話をして荷物を取りに行こうとしたら、音楽に関する100問テストに74分で答えられたら(正解が多ければ)荷物を渡してやるとまで言われるのです。

74分って…、オープンリールの次に出てきた当時のカセットは30分刻みだったように思いますが、近年のMDやCDは74分か80分。実は私、「74分」と正確に発音できません。正しくは「74ぷん」なのに、口が勝手に「74ふん」と言ってしまうのです。40ウン年間の大きな間違い、今さら直るのでしょうか?

横道にそれましたが、そもそも何故こんな夢ばかり見るのか? 深層心理でも勉強しなければわかりませんが、原因の1つに「音楽にまつわる小話」という宿題があります。
この間、コンサートを聴きに行く機会が2度ほどありますから、まぁ、演奏中にでも考えるか…という実に不謹慎な(演奏家に失礼な)気持ちでいました。
そしてそれは、あるピアノ協奏曲の演奏中に沸いてきたのです。こんな態度でいいのでしょうか?!



『無限』

それは、2000年の夏だった。彼女と私は大きな花束を抱えて、あるホールへと向かった。ベルリンフィルのチェロ軍団による、「ブラジル風バッハ」が話題になっていた頃でもある。その日は、S幌のチェリストたちが集うコンサートであった。グリーグの「ホルベルク組曲」やヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」も勿論あったが、私たちの心を捕らえて離さなかったのはパッヘルベルの「シャコンヌ ヘ短調」であった。パッヘルベルと言えば「カノン」、「シャコンヌ」と言えばバッハをすぐに思い浮かべるが、その日初めて聴いたその曲の何とも言えない物悲しさに、私たちは泣いた。その曲に恋をした。恋に恋するように。。。

原曲はいったい何なのか? チェロではないだろうし、時代からしてピアノでもないだろう。翌日から、私たちの楽譜探しは始まった。楽器店を廻り、山のような譜面の中から見つけ出したのは、ピアノピースだった。原曲はパイプオルガン、そのピアノ編曲版であった。チェンバロ演奏によるCDも出ているようだが…。そしてその日から、涙ぐましい練習が始まった。少なくとも、私は。
何故なら、5本の指が変形し始めたからだ。猛練習の結果、弾けるようになった時の喜びは喩えようがない。

よく、カラオケでストレス発散などという話を聞くが、自分はたぶんピアノを弾くことで、ピアノに没頭することで、ストレスを発散していた可能性がある。そして、10本の指が変形して全く弾けなくなってしまった今、ピアノの前に座るのは私にとって拷問である。
もう忘れよう、忘れてしまおう。陽の当たるところよりは日陰が、安らぎよりは憂いが好きだったではないか。そうだ、「芸」のためなら女(男)を泣かせてもいいって本当? つい最近ある既婚女性作曲家も、恋をしていないと曲が書けないと言っていた。真実だろうか? それを探るため、これから限の無い旅に出る。。。

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