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びおら弾きの微妙にズレた日々

「地球へ……」第4話

たった今、ネット配信で視聴。面白くなかったらノーコメントでいこうと思っていたが、今は静かに感動中。さりげなく突込みどころの穴をふさいであるという、丁寧なつくりが気に入っている。
進行的には、暴走したジョミーにソルジャーが接触し、彼に跡を継がせ、そしてミュウの母船が始めてアタラクシアと一戦交え、かろうじて逃げ切るところまで、と相変わらずゆるい進行。でも、濃かったな。ソルジャーブルーの過去なんて、初めて知ったよ。船内の苦戦振りもよく伝わったし。

以下は本編のストーリーを離れ、勝手にあれこれ考えをめぐらせた跡。
中学生当時はあまり思わなかったけれど、今じっくり見て見ると、この物語はすべてソルジャー・ブルーのわがままから始まっているのね。もちろん、それは人々の心に眠る願望に通じるわけだから、自己中心的なわがままとはちがうのだけど。
ただ、あの設定・状況で「地球に帰りたい」というのは、はっきり言って無茶な願いだ。そもそもミュウたちは、地球から遠く離れたアタラクシア生まれで、「地球」の存在なんて知識でしか知らないし、地球は環境汚染により、緑を失って死にかけたことになっている。ミュウの母船は宇宙船ではあるものの、300年近くもの間、アタラクシア上空に浮遊しつつ隠れていたというし。その気になれば船の寿命がつきるまで、ずっとアタラクシア上空にとどまりつづけることができるし、そのほうがたやすい。
それをわざわざ困難を覚悟で地球に向かおうと言うのだから、ある意味酔狂だ。しかも、ブルーは自分の寿命がつきかけているからと、勝手に後継者を選び出し、本人の意思には構わず、ほとんど強制的に後を継がせている。うん。無茶苦茶だ。
救いは、その無茶苦茶さ加減をブルーが自覚していて、「すまない」と謝っていること。謝るぐらいならそんな馬鹿なまねをしなければいいのだが、どんな犠牲を払ってでも地球へ帰りたいという、どうしようもない思いの強さがソルジャー・ブルーそのものなんだろう。
「ブルー」という名前にはきっと、地球の青と憂鬱・悲しみのブルー、両方の意味が入っているのだと思う。

自分の生まれ育った星には居場所が無く、遠くて危険な地球へ向かうしかないミュウたち。彼らと、自分の居場所を探し回る今時の若者を重ねて見ることも可能だと思う。それは時代の流れのせいではなく、子どもが大人になるためには、生まれ育った環境を一度は飛び出す必要があるからじゃないかな。
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