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びおら弾きの微妙にズレた日々

「セルフプロデュース」セミナー体験記#3

市の主催で、女性向けのセミナー(全4回シリーズ)がありまして、広報で見かけて興味を覚えたので、深く考えずに申し込んだら、「抽選の結果参加していただけることになりました」とのメールが届いた。これはサボるわけに行かないと、あわててスケジュールに押し込んで出かけてみた、その3回目の記録。

今回は座学であります。お題は女性の地位向上について。大学教授を講師に、プロジェクターで投影された資料をちらちらながめつつ話を聞くこと2時間。



今回お越しいただいた先生は、若いころフランスに1年間留学されていたそうで、海外との比較ではフランスの事例がやや多め。個人的にはアメリカの状況も知りたかったがこれは仕方ない。(しかし、時折流れてくるとても美しいフランス語の発音に少し萌えてしまった、すみません)

本題については、超要約すると「日本は他の先進国に比べると、まだまだ女性の社会進出ができていません。女性が政治に参加すると、住みよい社会ができるはずです、みなさん頑張りましょう」という話。それを、さまざまな資料を追いながらわかりやすく説明していく。ほとんど大学の講義と同じで、懐かしくすら思った。もっとも、リアルな大学の講義はもっと冗長だし話はしょっちゅう横道にそれるしで、わけわかんないことが多かったけどね。

非常にきちんと構成されていたわかりやすい講義だったけれど、自分的にはひっかかる点がいくつか。日本は西洋の先進諸国の仲間とみなされているようだったけれど、文化的にはアジア圏ですから。中国や韓国、東南アジア諸国との比較データも見たかった。(特に中国は共働きが前提の社会だし、それは共産主義の影響が大きいのではないかと思われる)
また、欧米諸国における女性差別と、日本における女性差別の根本は違うところにあるのではないかとも感じた。

というのも、女性差別は宗教にその根っこを持つことが多くて、実際イスラム圏で非常に女性の地位が低いのは、イスラム教の教義のためだし、キリスト教圏(つまり欧米諸国のほとんど)における女性蔑視も教会というシステムを抜きにしては語れない。実は仏教にも男尊女卑の考え方はある。神様たちは、あたかも女性の底力を恐れ、その力を規律で封印しようとしているかのようだ。

日本の場合は仏教と神道が混合しているような、わりとカオスな状況なので、宗教によって女性がしばられてきた、ということはあまりなく、江戸時代まではむしろ、世界の中でも日本の女性は比較的自由に振る舞えたのではないかと想像している。魔女狩りやそれに類する事件もなかったし。
もちろん社会に出て表向きに活動するのは男性の仕事であり、その代わりといってはアレだけども女性は家庭内で権力を握っていて、うまく分業が成り立っていたとも考えられる。逆な見方をすれば、女性の活躍の場はあくまで家の中に限定されていた、と見ることもできるが。
「女性は家庭に収まるべき」という考え方が特に強くなったのは、明治に入って家父長制度が強く推し進められるようになったときと、もう一回、戦後、日本が高度経済成長期に入った時だ。いずれも男性を社会でこき使い、国力をつけるための国策だね。だから、日本の場合は宗教ではなく国が女性を家庭に閉じ込めたがっているわけだ。

それで社会がうまく回っていればいいが、今や日本が破綻しつつあるのはご覧のとおり。先に破綻を迎えそうになったヨーロッパの国々では、女性も男性と同じように社会的に出て、政治の場なり、企業の役員なり、意思決定機関にたずさわるようになったことで状況が改善されてきたという実績がある。それを見習い、日本も同じ方向に進めばいいのかもしれない。
が、状況はなかなか変わらないようだ。今の日本では、女性は結婚や出産を機に仕事をやめることが多く、復帰しようとしても子育てとの兼ね合いがあるので、どうしてもパート仕事についてしまうし、まあそれでいっか、自己実現は趣味の領域で、と思う人も少なくない。

子育て中の主婦も責任ある立場で働ける環境を整えることはもちろん大事だげど、一番のネックは、やはり、頭の中身だろうね。ものの考え方、なにを良くて何を避けるべきか、という価値観。
実は、今の若い女の子の中には専業主婦願望を持つ人が結構いる。夫となるひとに生涯養ってもらうのがよいと思っているわけだ。もっとも、「夫となるひと」も家族を養って行けるだけの仕事に就けず、苦労しているのが現状で。
自分たちが若いころには、共働きを希望する女性が多かったこと、男性と対等の立場を望む女性が多かったことを思うと、変わったなと思う。
社会の表舞台で男性と対等の立場に立つ、ということは権力を持ったり自由を得るのと引き換えにすべての決定において責任を負う覚悟がないとできないし、さらに強い女性というのは、考え方の古い男性と衝突するだけでなく、しばしば立場の弱い同姓から妬みを受けることもある。今の若い子たちが専業主婦願望を持つ背景には、「強い女性」の苦闘ぶりを目の当たりにしているせいもあるのだろうね。どうせ男性優位の社会なんだから、男性が頑張れば?みたいな感じでね。でも、男性だけに任せるのはもう無理なのだ。

そしていきなり結論に飛ぶが、自分としては、ほどほどに強い女性が大勢育ってきたところで、彼女たちが連携して(数の多さがポイント)、現場から状況を変えてゆくのがいいんじゃないの、とか思うわけで、「ほどほどに強い女性」というのは、自分の頭で物事を考え、自分の行動に責任が持てて、多少のリーダーシップは発揮できるけど、頑張り過ぎないよ、必要に応じて妥協もできるよ、というレベルの女性を想定しているのだけど、それにはやはり教育が大事だろうなあ。

以上、講座を聞いて感じたことをつらつら綴ってみました。あくまで感想なので、あんまり真に受けないでね。

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