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びおら弾きの微妙にズレた日々

子どもの教科書で親が学んでどうする

今、息子の国語の授業で「手ぶくろを買いに」をやっている。音読の宿題が続いたなあと思ったら、昨夜は「感想文」を書かなくてはいけないとのこと。分量は原稿用紙1枚分。1枚で足りるの~?と思うのは親だけで、紙を前に唸る息子。早くしないと9時からKステーションの○ッターマンが始まるぞ~(鬼母)
学校の先生に「手ぶくろを買いに」のテーマを考えていらっしゃいと課題を出され、考えた挙句に「人間と動物のふれあい」「親子の愛情」という単語をひねり出した息子。たぶん正解です。少なくとも間違ってはいない。

新見南吉の物語は優しいようでいて奥が深い。
母的には、まず描写の美しさにうっとりし、子どもを送り出す母きつねの心中を察して胸が痛み、子ぎつねの(まだものを知らないがゆえの)素直さが可愛くてたまらない。
最後に母きつねが「人間ってほんとうにいいものかしら」と二回繰り返して終わる。これがすごく意味深で心にひっかかった。
母にとってはひどく恐ろしい人間が、子にとっては親切でやさしいものと映る。このギャップは、いくら親子の愛情が深いとしても、埋めようがないだろう思う。子ギツネもいつかは人間の恐ろしさを知る時が来るだろう。その時、子ギツネは芯から人間を恐がるのか、それとも恐ろしさも優しさも人間の一面だと悟るのか。それは誰にもわからないことだけど。

そうだ、「ごんぎつね」もいい話だったなぁ。描写は美しいけど、内容は容赦ない。その対比がたまらない。
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