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びおら弾きの微妙にズレた日々

断捨離のハードルの上げ具合

わが家のオーディオセットには、CDデッキはもちろん、ターンテーブルもカセットデッキもあるのだが(アンプやスピーカーも含め、すべて☓☓☓オフで揃えたというのが、自慢にならない自慢)、しばらく前にカセットデッキがお亡くなりになってしまって、結果、カセットテープをまともに再生できるマシンがなくなってしまった。
もちろん、中高生〜学生時代にかけてせっせとため込んだカセットは大量に残っている。マーラーにベートーベン、シベリウス、数々のVlaコンチェルト、さらにはビートルズやサイモン&ガーファンクル、「風の谷のナウシカ」のサントラ、「交響詩・銀河鉄道999」まで!

……これ、どうするよ?
とはいえ、これらのカセットは、まだ機器が動いていたときもほとんど聞いていない。若いころにさんざんお世話になりすぎた、というのもあるが、今はネットにつなげば、聞きたい曲はほとんど検索で出てくるし、クオリティにこだわらなければ、無料で聞けてしまうからだ。あまりの手軽さに、まるで水道の蛇口をひねるような感覚で曲をかけ流しにしてしまうことは、よくある。
この手軽さに慣れてしまうと、わざわざオーディオ機器の電源を入れて、特定のアルバムを選んでセットして、終わればまたパソコンの前から立ちあがって違うアルバムを入れ……という動作が手間に感じられるようになる。余裕があるときなら、それも悪くないのだが、立ち上がるのさえ億劫になるほど切羽詰まる時は不便でしかない。
カセットよりは若干に手間がかからないはずのCDについても同じような状態で、いったんPCに入れたが最後、あとは棚でホコリをかぶるまで放置される。

断捨離の考えに従うなら、聞かないものは処分しても一向に差し支えがない、それどころか処分すべきなのだろうが、捨てようとすると心の底から悪魔の囁きが聞こえる。万が一、事故や災害でインターネット環境が使えなくなってしまったら? 電波の届かないところ、回線のないところで過ごすことになったら? と。

NO MUSIC, NO LIFE ですよ、奥さん。

というわけで、そういう極限状況に陥り、なおかつカセットが再生できる機器が手に入ったときに後悔しないラインナップを考えることに。極端な例かもしれないが、そういう状況でもあえて聞こうとはしないだろうと思われる内容のカセットは心を残すことなく処分してよい。
結果として4分の3が消えた。空いたスペースに、ラックから溢れてそのへんに積み上がっていたCDを入れる。 
いずれ、CDも残すものと手放すものを選別しなくてはいけないが、それは後日の課題ということで、少しだけスッキリした部屋の中を見る。あまり変わらない(笑)

まあ、隙間ができれば、そのうち隙間を埋めるべく新しい何かがやって来るそうなので、ゆるゆると待つとしよう。

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