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びおら弾きの微妙にズレた日々

景色を作るということ




ゴールデンウィークが始まったばかりの本日は、家族で多治見まで軽くドライブ。
オトナの隠れ家的なスポットがあるというので出かけた先が「アルティスト・ヴィラージュ」。
開発されたばかりで看板も案内もほとんどなく、ホームページに載っていた地図を頼りに辿り着いたが、ごくごく普通に山の中にぼつんと、レストラン・カフェ・ギャラリー・工房がある状態(今後拡充してゆく予定ではあるらしい)。
GWで近くの国道は大渋滞だというのに、ここは閑散として静かな美しい佇まいを見せていた。新緑に囲まれ、虫が飛び交い、近くには不動明王の滝があるせいか、小川の水は非常に透き通っていた。


この小川、実は人工的に作られた流れ。よく見ると両岸はさりげなく石で護岸加工がしてあり、人の手で自然のありさまに似せて作られたことがわかる。植栽もそう。自然の木を適度に残しながら建物を作ったのではなく、いちど全部山の表面を剥ぎ取り、後から見栄えするように木や下草が植えられたもの。

これは「庭」だなと感じた。日本の富裕層が自宅や別荘の庭を贅を尽くして造らせるとこんな感じになるのではないか、という出来栄え。あえて自然の姿に似せるのだけど、まんま山中の様子を取り入れたのでは美しくない。人間の「自然はこうあってほしい」という勝手な願望を限られたスペースのうちに実現させるのが日本の庭なのだなぁと実感。
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