先だっての7月のこと、一年も前から楽しみにしていたクリムト展(@豊田市美術館)を見てきた。クリムトは学生の頃から好きな画家で、はまったきっかけというのが、学生の頃にプレゼントされた「接吻」の1000ピースパズル。めくるめく装飾模様とさんざんにらみ合っているうち、だんだんとクリムト独特の抽象的な図形と色使いに魅了されていったのを覚えている。
また、2012年暮れから2013年にかけて愛知県美術館で開催の「クリムト「《黄金の騎士》をめぐる物語」展で展示されていた、《ストックレー・フリーズ》の実物大複製の記憶も生々しく、今回はやはり実物大の《ベートーヴェン・フリーズ》が見られるとのことで、期待して出かけた。
今回のクリムト展では、およそ120点の作品を8章に分けて展示。
chapter1 クリムトとその家族chapter2 修行時代と劇場装飾chapter3 私生活chapter4 ウィーンと日本chapter5 ウィーン分離派chapter6 風景画chapter7 肖像画chapter8 生命の円環クリムトの仕事を全体的に俯瞰できるだけでなく、プライベート方面の紹介も多い展示だった。
実は、長年のクリムト好きといいながら、その家族や私生活についてはあまり詳しくなく、生涯独身でエミリー・フレーゲルが生涯の友&恋人だった、というくらいしか知らなかったのだが、実は美術工芸に関わりの深い家族に生まれたこと、また、生涯独身だったものの、何人ものモデルと関係を持ち実に14人の子どもの父親だったこと、しかも彼らの面倒はきちんとみていたことなどを知り、びっくり! いやはや芸術だけでなくプライベートでも社会通念に対し思い切り対抗しているし。
実際のところ、常識に楯突くために結婚を拒否したわけではなく、おそらくは色々な女性に惹きつけられ、一人を選びきれなかったのではないかと思う。誰を一番愛するかというよりみんなそれぞれに可愛いのだから選べなくても仕方ない、くらいの気持ちだったかもしれない。 だからこそクリムトの描く女性像は愛にあふれている。
作品については初期のアカデミックな作品の展示が充実していて、これがあるから分離派結成後の新しい作品群との対比がよくわかるし、両者の合間に日本文化の影響を挟んでいるところも心憎い演出。順番に展示を見てゆくうち、こんな図式が頭に浮かんだ。
(彫金師の家の生まれ+アカデミック技法の習得+日本文化の影響)×クリムト個人の資質⇒数々の名作
クリムトの作品にはインパクトが強く有名なものが多いが、今回の目玉はなんといっても《ベートーヴェン・フリーズ》。マーラーやベートーヴェンのCDジャケットにもよく使われてるアレですよ。
展示コーナーに足を踏み入れ、全体像を見るその前にまず、今回の前座として展示されている《黄金の騎士》をじっくりと見る。この作品は本来愛知県美術館所蔵で、よく豊田にも出張しているので、これまでに十数回は見ているのだが、これは何度見てもカッコいい。コンセプト的にはベートーヴェン・フリーズと共通しているからここに展示されているのだが、この作品がシングルカットだとすると、次に続くフリーズはアルバムバージョン。
いよいよベートーヴェン・フリーズの全体をぐるっと見渡す。
最初の壁は上部にただよう天使で、下部は空白。その先に「幸福を求める戦いに出る騎士」。正面の壁には「敵対する勢力」こと悪の権化がズラリ。ここが最も迫力に満ち、ゴルゴン三姉妹や「不貞、淫乱、不摂生」の三人娘や彼らを抱く怪物テュフェウスなど、クリムト流の魑魅魍魎が詰まっている。その次の壁にはハープを奏でる擬人化された「詩情」が立ち、空白の部分を経て最後に天使たちの勝利の合唱と抱き合う恋人たち。合唱する天使たちも密度が濃く、これは明らかに「第九」の4楽章の合唱のシーンを想定している。恋人たちも「第九」の歌詞『喜び、美しき神々の火花よ』、『この接吻を全世界に』にちなんて登場しており、後の「接吻」のモチーフになったのではと思われる。
続いて中央に置かれた分離派会館のミニチュア模型に目が行く。それは、このフリーズが最初に展示された会場であり、実際どのような場で展示されていたかがわかるようになっている。分離派会館内では、作品の一部が窓になっていて、そのこからベートーヴェン像が見えるようになっているのだ。
それにしても贅沢な空間の使い方だ。ベートーヴェン・フリーズに囲まれたこの空間には、音楽が、あの第九のスピリットが満ちている。ただ美しいだけではない、人類の苦悩を知りそれらを超えてゆく力が。
次のコーナーは風景画、肖像画と続き、次の山場、ウィーン大学講堂の天井画シリーズへと至る。これは発表当時、大変な物議を醸しながらも、残念なことに現物が焼失し、写真のみがのこるという代物。写真だけでも大変な迫力で、なんというかテュフェウスとその使いたちがいっそうリアルに描かれているようにも見える。品行方正の真逆を行くが、より真実に近づこうとする意志を感じる。
最後のトリとでも言うべき作品が《女の三世代》。無垢な赤子と、幸せそうに彼女を抱く母、そして悲嘆にくれる老婆。永遠に続く三世代が黒を基調とした背景にふわりと浮かび上がる。ここまで来ると輪廻転生という言葉が脳裏をよぎる。とても深くて遠いところまで行き着いてしまった画家の後ろ姿が見えた気がした。
最後の最後はお土産コーナー。散財するまいと思っても「ここでしか手に入らない」と思うとついつい財布の紐が緩む……。
どう考えても1回500円は高いのに、うっかりガチャに手を出してしまった_| ̄|○
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