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びおら弾きの微妙にズレた日々

目からウロコだらけ

つい最近知ったのだが、ベルリン・フィルは「デジタルコンサートホール」というものを持っている。ネット上で過去の演奏会やインタビュー、ドキュメント映画、そして演奏会のライブが見られるサイトのことなんだけども。一部無料映像もあるが、ほとんどの演奏映像は利用料を払って見るもの。

先週のこと、Facebook経由で一週間分の無料クーポンを入手した。ものは試しと思い、サイモン・ラトルの振るブラ4の演奏を見た。ちょっと様子を見て終わるつもりだったのに、ボウイングの技術に見とれ、奏者の真剣な表情から目が離せなくなり、気がついたら4楽章のフィナーレだった。
次はモーツァルトのピアノ協27番。繊細すぎる陰影の付け方や、まるで友人同士が語らっているかのように親密さあふれる音のやりとりにため息をつきながら、やはり最後まで聞いてしまう。他にも色んな曲を試し聞き。その時間はいちいち贅沢。

とにかく伊達に世界最高峰のオケじゃないんだと、有無をいわさず実感させられた。

そうしてアーカイブを見てゆくうち、気になったのがドキュメント「ベルリン・フィル--最高の音楽を求めて」だった。彼らは普段どんな顔をして練習し、本番に挑んでいるのだろうか。
好奇心に誘われて再生してみたら、なんと英語版。英語の発言ははそのまま、ドイツ語が話されると英語の字幕がつく。あらら、と思ったが半分くらい意味はわかるので、頑張って最後まで見通した。

自分らしさの表出と、全体の一部としてハーモニーを生み出すこと、の間にある矛盾、あるいは自分の技術に対するコンプレックスや、いつかついて行けなくなるかもしれないという恐れ、など、オケマンとして食ってゆくからには必ず突き当たる問題をメンバーは感じている。音楽に対して真剣であればあるほど、それらの壁は大きく分厚く見えるものだし、対処法は人それぞれだ。
世界的なオーケストラであるために、メンバーは国籍も人種もさまざまで、当然背負っている文化も違う。むしろ、音楽をする時はいつも真剣である、ということだけが共通点と言う方が早いかも。

違う個性を持つ人々が、舞台の上でひとつにまとまった音楽を作り上げる瞬間は奇跡としか言いようがなく、しかも世界最高峰のオケは演奏会ごとに奇跡の瞬間を要求される。

結局ね、オケは個性豊かな面々がいるのが大前提なんだな。まとまるのが大変な集団が、大変な努力をして一つにまとまるから観客は感動できるわけだし、その時に発散されるエネルギーが感動のもとなんだろうね。
そしてデジタルコンサートホールに収録されている演奏会は生の感動を少しばかり貰えるので、例えば休みの日に贅沢したいときに48時間チケットを買って聞き放題をするのもいいな。
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