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びおら弾きの微妙にズレた日々

弾けた!(気持ちだけ)

昨日のオケの練習は、直前までおさぼりしようかと思っていた。翌日、つまり今日は朝からスノボに出かけることになっていたので。しかし、予定をよく考えてみたら練習に出るぐらいの時間は捻出できる。問題があるとすれば練習不足(いつものことだけど)。

昨日の練習は、シルヴィア組曲、幻想、そしてアンコール曲の譜読み。アンコールはラコッツィー行進曲。ベルリオーズつながりだな。学生の時に弾いて以来だ。懐かしい。当時は「何て変てこな曲なんだ」と思っていたが、今弾いてみると短い中にさまざまな趣向が凝らしてあって楽しい。
そして気がつけば両脇(びおらのトップ席と2ndバイオリンのトップサイド席)は学生オケ時代の大先輩。音がごうごう飛んできて弾きやすかった〜。アンサンブルができるもの。でも自分がもっと弾けたらもっと楽しい。

↓は練習中に降りてきたとある妄想の話。
最近すっかり幻想にハマって、曲を聴きながら情景を想像して遊んでいたりするのだが、昨日は4楽章を弾いている時にある妄想がふってきた。(危ないな)
ベルリオーズ本人のメモによると4楽章は「恋人を殺した青年が断頭台で処刑される」という内容を表す。普通に読めば「何が悲しくて恋人を殺めたんじゃ」、さらにこれは夢の中の出来事だから、自分が処刑される夢を見るとはなんて酔狂な、と思える。でもそれはあくまで表面的な添え書きであって、事実としては、ぶっちゃけ失恋体験でょ、ということに気がついた。リアル世界で失恋したベルリオーズ青年は心の中の彼女の存在を消さなくてはならなかった。これが恋人を殺すということ。さらに彼女の存在を心から追い出すことは自らの命を絶つにも等しい苦痛が伴う、そういう意味で断頭台だ。そう考えると、断頭台への道のりが諧謔的なマーチになっているのが痛々しくてもうたまらない。
暴走ついでに、この流れで5楽章を見ると、ベルリオーズ青年の心から追い出しきれなかった彼女の面影はついに変形を来たし、魔女の姿をとって哀れな青年をあざ笑うわけだ。これが魔女のダンス。恋の末期症状だな。で、救いはなくて、「哀れな青年の話はこれでおしまい」と言い切ってしまう幻想交響曲。すごいなあ。
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