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びおら弾きの微妙にズレた日々

推敲だいじ(マーラー「復活」に寄せて)

第2回、1月25日分の「嘆きの歌」練習記です。

高速に乗って遠い練習場所まで、祝祭管の練習に行ってきた。往復3000円ナリ。
今回はめでたく一人弾きの心配はなく、新しいメンバーの方をお迎えしつつ、賑やかな中低弦コーナーとなった。パワフルなお姉さま方が増えてランチタイムが楽しい。
(12月の練習時は、びよら一人でしたからねー。一人弾きそのものは慣れていますが、ほとんど初見だというのがつらかった。あらかじめ書き込んでおいた影譜にどれほど助けられたか)
前回からさして練習しているわけではないので、相変わらず落っこちそうになりながらあたふた弾いているのだが、この曲はひとりで練習していても、わけがわからないので、下手なりに何度も合奏に出て曲全体を覚えたほうが近道。もちろん、音域が高くてなかなか音が取れなかったり指が回らなかったりする箇所はあるので、そういうところは地道に個人練習あるのみだし、出来る人にやり方を尋ねるのもまた良し。

この日のハイライトは、なんといっても「葬礼」と「復活」の一楽章を同じ日に弾けたこと。
「葬礼」は、いっときは単独の交響詩として構想されたが、何度か改訂を経て最終的に交響曲第二番「復活」の第一楽章として収まった。そのため、両者の基本的な構成はほとんど同じでありながら、細部のこまごまとした違い(たとえば主題を扱う楽器の変更、伴奏の音型の変更)が多くあり、実際に聴き比べると洗練度の違いにびっくりする。曲想のメリハリ感が全然違う。
どのように違うかというと、アマチュア同人誌で「傑作」と言われている作品と商業出版されている中で「傑作」と言われている作品ぐらい違う。(非常にピンポイントな例えで恐縮ですが、これより的確な例を思いつかなかったので/汗)
Wikiで軽く「葬礼」の由来について調べてみるだけでも、これが何度かダメ出しをくらい、マーラーは諦めずに何度も書きなおしては完成度を高めていったことがわかる。実際譜面ヅラを見ても「葬礼」に書き込まれた指示にはけっこう曖昧なところがあって、悪くはないけれど全体にぼんやりしたところがあるが、「復活」第一楽章となると、指示はよりはっきりと詳しくなり、演奏する側としても方向性がはっきりつかめて、各種テーマがキャラ立ちしてくるのがよくわかる。

いや~、天才ですらこれですから、、凡人が作品をつくりあげようとするには、推敲がどれほど大事か言わずもがな。
ちなみにびおらの難易度は「復活」の方がやや高めかな。内声部もきっちり手を入れられてるということで。

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