愛知祝祭管・ジークフリート練習記、ようやく2回目。席順も決まり、自分がどこを弾いたらいいのかわかるようになったけれど、肝心のボウリングが未確定。が、それ以前に、細かい音符がよく見えなくて音程も未確定な日々(汗)
そんな中で迎えたマエストロ来団日は、いきなりスキー合宿へのお誘いで始まるというね、ほんとにマエストロ、ステキです。その後は、みっちり3幕&弦分奏(その間、管楽器は休憩時間!)という地獄が待っていましたが。
自分の出来不出来はさておき、難易度レベルの高い第3幕の雰囲気は徐々に出来上がってきており、マエストロの予想をいい意味で裏切った模様。こちらも、音程はともかく、めまぐるしく変わるテンポや調性には慣れっこになってしまい、また、弾けなくとも曲だけは聞き込んでいるかいがあって、全体の雰囲気はつかめている。それに、マエストロが指摘されるように、これまでの積み重ねが大きく、ライトモチーフの扱い方に慣れてきた、というのはある。
気の早いマエストロ、この段階ですでに「神々の黄昏」を祝祭管にどう演奏させようかと、楽しく目論んでいらっしゃる様子。
実は、今回演奏する「ジークフリート」、全部で3幕あるうち、1幕・2幕と3幕の間には作曲の時期にインターバルがある。2幕まで作ったところで、諸般の事情によりいったん中断。かわりに他の有名曲――たとえば、「トリスタンとイゾルデ」だとか、「マイスタージンガー」を作曲しており、その後、生活が落ち着き作曲技法が進化してから3幕の作成に取りかかったという。だから、技術的にも音楽的にも、ジークフリートの3幕は難易度がぐんと上がる。そして、この3幕から「神々の黄昏」に向けて、さらにワーグナーの作曲技法は完成度を上げてゆくという。マエストロいわく、3幕は発酵途上のワイン、シュトゥルムだそうで。楽しそうに語るマエストロを見ていると、こちらも気分が上がるから良い。
さて、タイトルの「背中痛いし」だけども、午後の弦分奏が終わって、合奏に入った頃から、言葉通りに肩甲骨の下側がミシミシ痛くなる現象が起きた。これまで腕と肩がだるくて弾くのがつらい時はあったが、背中が痛むのは始めて。もう限界、早引きしよう、と思い始めたら、練習が無事に(少し早めに)終わったので、助かった~、と思った。
おそらく、肩当てを変えたのが大きな原因だろうなと思う。肩当てを変えて力のかかる場所が少し移動したことで、腕りが自由に動くようになった分、左手首にかかる負担は減り、肩甲骨の下あたりに力がかかるようになったようだ。普段の練習でこの状態ということは、およそ5時間にわたる本番の間、ちゃんともつのだろうか? やや不安。でも自分的には、今の肩当ての方が好きなんだけどね。
ほかの原因を考えると、前日、張り切って京都で勉強会に参加してきたし、先週いっぱい文字の打ち込みを大量にやったし、まあ、疲れがたまっていたせいもあるのだろうな。湿布貼っておこう。
……あれ、手が届かない_| ̄|○
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