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びおら弾きの微妙にズレた日々

譜読み~ベト7編

昨日の練習は、ベト7ことベートーベンの交響曲第7番の譜読み。
前の定期演奏会が2週間前だったから、スケジュール的に結構きついというか、気を抜く暇がない。それでも長年やりたかった曲なので、練習は楽しい。

トップはもう決まっていたが、そのとなり(サイド席)が空いていたので、成り行きで座ったら、パートリーダに宣言された。「今回の1プルート目は今座っている二人でいきます」
あらら。本当に私なんぞでいいのかしら? リズム感がいいとは言いがたいんですけど。
しかし、実際にベト7を弾いてみて、これは有名ではあるけれど、本当は変り種の曲ではないかと思った。音の感触が第九や運命とは違う。7番とセットで作られたと言われている8番とも全然違う。ただ、時おり7番は第九の習作かな、と思わせる瞬間があるけれど。

どこが変わっているかというと、一般的な交響曲は1楽章がテーマを表すソナタ形式、2楽章はゆるやかで美しいメロディを持つ緩徐楽章、3楽章は速くてリズム感あふれるスケルツォ(2と3は入れ替わることもある)、4楽章は再びテーマをまとめる華々しいフィナーレ、という構成になっているのに、7番は「スケルツォ×3(=1・3・4楽章)+緩徐楽章(2楽章)」なのだ。
スケルツォというのは、「メヌエット」や「マーチ」のように曲のスタイルを表す言葉で、ウィキによれば

3拍子であるところや曲の形式などでメヌエットと同じだが、よりテンポが速いところが特徴である。強拍と弱拍の位置を変えたり、同じ音型を執拗に繰り返して激しい感情を表し緩徐楽章との差をつけるものが多い。通常、トリオ(中間部)を持つ複合三部形式の形をとる。なおスケルツォは元来3拍子系であったが、徐々にそれにこだわらないスケルツォも多く作られるようになった。


とある。もう1つ付け加えるなら、おどけた感じや諧謔的な空気を持つ。交響曲の場合だと2楽章または3楽章で使われ、たいていはその前後に配置された緩徐楽章と対比を成すように作られている。

ベトベン御大は、このスケルツォという音楽形態をドイツ人らしいユーモア感覚で洗練させ、完成させた作曲家だが、7番に至っては、全体的に緩急が少なく執拗に同じ音型を繰り返す1、3、4楽章と、息抜きのトリオにあたる、やや緩やかな2楽章で構成されていて、まるでシンフォニー全体がひとつの巨大なスケルツォなのだ。
ちなみに1楽章は序奏は4/4拍子だが、主題が始まると軽快な6/8拍子になる。3楽章は本物のスケルツォで延々と続く3拍子で中間部のトリオはややユーモラスでゆったりしたテーマが現れる。4楽章は2拍子だが、その疾走感とノリはスケルツォのそれと何ら変わりない。

スケルツォには、踊り出さずにはいられない不思議なリズムの魔力がある。昔から7番を聞くとアドレナリンが増加することが多くて、運転中は危なくて聞けなかったのだが、この曲そのものが巨大なスケルツォならば、それも当然かと腑に落ちたのだった。

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