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びおら弾きの微妙にズレた日々

頭のなかに地図を描くように

三週連続、怒涛のびおら練習記。
(今、「れんしゅうき」で変換をかけたら最初に出てきたのが「練習機」。ビオラ練習機、あったら一台欲しいです)

本日はコンマスの棒による、シベリウス1番の通し練習。最初は全然拍が捕まえられなくて落ちてばかりで、どうなることかと思った。が、何度か難しい箇所を繰り返して練習するうちにテンポ感をつかむことができ、そうすると他の楽器との噛み合わせも耳に入るようになり、だんだん音楽の風景が見えるようになってきた。

今ここで「風景」と書いたけれども、自分の場合、何かの曲を弾けるようにする作業=脳内地図づくりだなと気がついた。

音楽の中でも特に管弦楽というのは、色んな情報が立体的に絡み合って3D(あるいはそれ以上)の風景みたいな世界を形成しているように自分は感じている。その一方で楽譜は(以前、ツイッターでつぶやいたことがあるように)音楽の干物であり、最低限の情報しか載せられていない。人が心と体を使って演奏することにより、音楽はみずみずしい正体を表す。

でも、最初から完全に再現できるわけはなく、演奏者は練習を通じて、楽譜に書かれている以外の情報を少しずつ脳内に貯めこんでゆく。音質、微妙なダイナミクス、他の楽器との絡み合い、ちょっとした間合い、呼吸の合わせ方などなど。そうやって、頭のなかに立体的な音の地図を作り上げるわけだ。

地図ができると、次はこんな風に弾けばいい、次は管楽器の見せ場だから少し休める、その次は全力で刻み……などと、行く末を見定めながら音楽の流れに乗って行けるようになる。
そうしていったん、この地図さえ出来上ってしまえば、楽譜を道標に音の世界をリアルに、情感豊かに再現することができる。指揮者や演奏メンバーが変わっても、この地図に適宜修正を加えればいいだけなので問題ない。

じつは学生時代から現在にいたるまで、これまでにオーケストラで使用した楽譜はほとんど手元に保管してある。オケの世界では同じ曲を二度三度と演奏することも珍しくないので、過去のボウイングや楽譜の版を確認する上で役立つことがあるからだ(特にベートーヴェン!)。
それと同じように、自分の身体の中にも気がつけば音楽の脳内地図が何十曲分と蓄えられている。それだけはたとえ楽器の腕前が上がらずとも、長年オーケストラを続けてきた成果、といえるかもしれない。
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