いよいよ本番まで残りわずかとなり、練習の頻度もボリュームもアップしてきました。
隔週練習が毎週になるだけでなく、時間も午前午後からさらに夜間まで延長。体力との戦いです。
8月最初の練習は一宮市内は商店街にたつ旧名古屋銀行の建物「オリナス一宮」にて(オリナスは「織り成す」から来ているらしい。なにしろ一宮は繊維の街)。
大正時代に建てられたという古い銀行は、大変立派な作りで、足を踏み入れたとたんにテンションがあがる。しかし、見た目と裏腹に音響は厳しい。音が回りすぎてマエストロの言葉が聞き取れない。楽器の音も残響が残りすぎて拍も何もわかったものじゃない。
しかし人間の適応力は大したもので、2時間もすると、それなりに聞き分けができてしまい、アンサンブルに支障が出なくなってくる(それでも金管の音量は半端なかったけど)。
さらに凄かったのは、歌手の方々の声が、遠慮も容赦もないオケの音を突き抜けて、刺さるように響いてきたこと。人の声のパワーおそるべし。
今回の練習は歌手さんのスケジュールに合わせつつ、2幕の後半とか3幕3場の自己犠牲直前まで、そして3幕1場&序幕などなど。この時期になってようやく音楽が身体の中に入ってきた感があり、オケ全体も安定してきたので音楽のうねりに乗れる瞬間が増えた。そこへ歌が入ると、場面の様子が鮮明にイメージできるようになるせいか、まさに物語絵巻を見ているよう。マエストロの「ドラマティッシュ・ムジーク(劇をイメージした音楽)ではなくムジーク・ドラマ(音で描かれた劇)」という説明が実にしっくり来た。
ハーゲンが家臣たちを婚礼の宴に呼び出す「ホイホー!」や、ジークフリートと戯れるラインの乙女たちなど、印象的な場面はいくつもあるのだが、少し前から気になっていたのが、ブリュンヒルデの変化だ。表向きのストーリーとして、英雄が死んでその妻の自己犠牲により呪われた世界が浄化されるという流れがある一方で、英雄の妻ことブリュンヒルデに焦点を当てると、一人の女性の変化と成長が見て取れる。
① 序幕では愛に包まれたブリュンヒルデがジークフリートを旅に送り出し、その後もずっと愛に酔っている。したがって1幕後半で、ヴァルトラウテが「お父様とヴァルハラを救って!」と懇願に来たときも「あなたは愛の素晴らしさを知らない」とけんもほろろに追い返してしまう。が、皮肉なことにその直後、グンターの皮を被ったジークフリートが現れて、彼女を裏切り拉致してゆく。この一連の流れは、まさにブリュンヒルデが神聖を失ってひとりの愚かな女性になってしまったことを見事に表している。
② 2幕5場で、すっかり平静を失ったブリュンヒルデがハーゲンの表向き甘い言葉に誘われて、うっかりジークフリートの弱点を口にする。すっかり取り乱した彼女には、かつての智慧のかけらもなく「可愛さ余って憎さ百倍」を地でゆく悲しさ。
③3幕2場でジークフリートはハーゲンの奸計に落ち刺されてしまうわけだが、瀕死の状態でうわごとのようにブリュンヒルデの名を呼ぶ。
「
ブリュンヒルデ!聖なる花嫁! 起きて!目を開けて!
誰が、あなたを再び眠りに閉じ込めたのです? 誰があなたを、不安なまどろみに縛り付けたのです?
目を覚ます者が来ました!
」(オペラ対訳プロジェクトより)。
これは、真実が見えなくなってとまどっているブリュンヒルデの現状を暗示するとともに、彼女の「自己犠牲」へとつながる。
④ 3幕3場、いわゆる「自己犠牲」のシーンになると、最愛の人の亡骸を見つめつつ、ブリュンヒルデはまるで今際の際の彼の言葉が届いたかのように歌う。
「
・・・限りなく純粋な人は、私を裏切らねばならなかった。 私が、一人の女として、 悟った存在になるために!
」(オペラ対訳プロジェクトより)。
元ワルキューレのブリュンヒルデは、愛する存在を失うことでようやく智慧を取り戻し、真実を見すえて父神の本当の願いを知るのだ。見方を変えれば、彼女の智慧はジークフリートへの強い愛の副作用ともいえる煩悩によって隠されていた。
ブリュンヒルデは、父ヴォータンに背いた罰として神性を剥奪され、長い眠りにつかされたことになっているが、本当に神性を失ったのは岩山にやってきたジークフリートと恋に落ちて結ばれた瞬間だったと考えるほうが腑に落ちる。だからこそ彼の死とともに、あたかも憑き物が落ちたかのように悟ってゆくのだ。
逆にジークフリートは最初から最後まで愚かで、というと語弊があるが、精神的に幼いままで、それが大きな魅力でもあるのだが、結果的にハーゲンに手玉に取られ、ラインの乙女たちの忠告に対して頑なになり、生命を落としてようやく世界を救うに至るわけだ。
黄昏に登場する女性や女神は多いが、唯一ブリュンヒルデだけが権力や伝統に従うことなく自分の意志に従って行動を起こすことに成功し、代償として人の愚かさも背負いつつ、最終的に世界を浄化した。
ここから先は、まったくの個人的な感想だけども、19世紀後半に生まれた「リング」のヒロインには、女性の未来像が託されていたんじゃないかという気がする。
※会場もレトロなら、会場の周囲もかなりの昭和レトロな街並みで、おもわず探検しちゃいました。一宮市、闇が、いやいや奥が深い。
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