引き受けた時は余裕を感じてすらいたのに、気がついたら本番が終わっていた名古屋テアトロ管弦楽団「トスカ」の舞台。
最後の一週間は仕事も控えめにして本番にエネルギーを全振りできるよう調整し、リハ&本番の二日間は夢の中にいるような心持ちだった。
今までオペラを弾いたことがあるといっても、まともにやったのはワーグナーしかない。イタリアオペラを全曲通しでやるのは初めてなので、本来なら何度も合奏に参加して体感しつつノリを覚えるほうがいいと思うのだが、あいにく今回は時間的余裕がなく、オペラ対訳PJや練習録音に頼ることになった。
学生の頃を思うと、音源へのアクセスがほんとに便利で楽になったが、実はちゃんとしたレコード盤トスカも家にあり、ジャケットを眺めながら「いつか弾けるといいな」と漠然と思っていたのも今だから言う。ついでに言うと、そのレコードのライナーノーツに戯曲版のトスカとオペラ版のトスカの比較&考察が詳しく書かれていて、それをブログで紹介しようと思っていたのに時間の余裕がなく書きそびれてしまったことも白状しておく。
どう考えても合奏不足で迎えてしまったリハ、前日なら軽く通すくらいの練習はあるだろうと期待していたが甘かった。なぜなら前日&当日のゲネプロは演出の調整にあてる必要があるからで、歌手の場当たりとか合唱団との絡み、演出の確認などで練習時間のほとんどが終わってしまった。自分的にはちょっとツラいが、オペラの舞台が着々と出来上がってゆくのを目の当たりにするのは面白かった。基本、演奏会形式だけども、可能な限りの効果は出すという冒険的な演出で、それは打楽器の揃え方にも現れていて、教会の鐘の音とか羊のベルをシンセではなく本物の鐘とかベルを使って音を出すこだわりもすごい。また、舞台の奥に人を並ばせて十字架の形にライトを灯すとか、こういう作業が加わるあたりが、普通のオケ曲とは違う。
普通のオケ曲と違うといえば、テンポ感とダイナミクス。まず楽譜の通りに演奏するのが基本にあって、さらにその場の状況に合わせて適切な音量は変わるし、テンポも変わる。オペラの主役は歌手なので、歌を引き立たせなくてはいけないし、歌はドラマの一部。ドラマなので台本はあるもののノリとか熱量は本番になってみないとわからない。
ということで、本番のマエストロは「豹変」しました。
今思えば、直前にあまり通し練習がなかったのは、臨機応変にオケが反応できるような余白を残しておくためだったのかもしれない。本番では「お約束とちがう…?」と感じるシーンや、なんかあっちとこっちがズレてるよねとヒヤリとした瞬間もあったのだが、マエストロを見るとすごく楽しそうで、ギリギリでコントロールできるかどうかという暴れ馬をスリリングに乗りこなしているようにも見えて、なるほどオペラってこういうものか、と腑に落ちてしまった。わかりやすく言えばナマモノ、水もの。上品に言えば一期一会。
スリリングな箇所はいくつもありながら、不思議とフラストレーションの少ない演奏だったのだが、これはプッチーニという作曲家の才能なのだろうなと思う。聞かせどころのある美しいアリアがいくつもあり、伴奏しながら聞き入ってしまうことはしばしば。さらに冷遇されがちなビオラにも美味しいメロディがたくさん弾けて、そういう時はたいてい弦楽器がユニゾンでテーマとなる旋律を歌い上げていて、とても気持ちよく弾ける。これはイタリアオペラの特徴のひとつであるらしい。また、曲の構成はわかりやすく、複雑なパズルのピースで組み立てられているかのようなドイツ系の楽曲とはだいぶ違う。気分良く歌えるパート譜と言ってもよい。唯一勘弁してほしかったのは、#や♭がやたらと多い上に、くるくると入れ替わることぐらいだった。さっきまでC音には#がついていたのにいつの間にか♭になっていたぞ、みたいなことがしょっちゅうあったし、あと、ビオラ弾きにとっては鬼門であるト音記号も多くて、やはり経験値が高くないと楽しめないかも…
十分な練習時間が確保できず、残念な気持ちは残るものの、貴重な経験を積ませてもらうことができ、無理してでも参加してよかったと思う(エキストラとしてお役に立てたかどうかは別問題として)。おまけにビオラパートは知り合いだらけどころか、学生オーケストラ時代の先輩と再会し、まさか××年ぶりに一緒に演奏できるとは考えもしなかったので感慨深かった。音楽の神様はいるね。
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