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びおら弾きの微妙にズレた日々

「RD 潜脳調査室 ♯7」

「手と手で」(副題:I am a dog)

今回は犬ですよ、犬。とうとう来たかと……(苦笑)

先回の感想で、押井監督はRDにあまり関わっていないのじゃないかと書いたが、撤回したほうがいいかもしれない。直接手は出してないとしても、確実に影を落としている。
具体的には、依頼人として登場する愛犬家の名前が「イシオ」氏。

本筋には関係ないが、ミナモちゃんとペアを組むなら、波留さんの車椅子にはしっかりとしたシートベルトが必要だと思う。
残念ながら、管理人は哺乳類のペットが苦手なので、愛犬家に感情移入しきれなかったが、設定云々を突き詰めてゆくと非常に興味深い回だったのでは、と思う。

犬にもICチップ(だったかな?)の埋め込みが義務付けられ、その結果、飼い主と意思疎通が出来るようになり、同時に犬の意識の集合体、犬メタルが存在するという設定に目からウロコが落ちた。

それに犬語の設定! 人間みたいに語彙が広くないので、たとえ、意識が人であっても犬のボディに入ってしまうと、「欲しいもの」→「ごはん」と変換されてしまうあたり、細かいなぁと感心した。
逆に、犬のボディに人の意識が入ってしまうと、犬本来の行動ができなくなるのも面白かった。体にたまった熱をうまく放出できなくて倒れてしまうシーンとか、ミナモに言われてはじめて鼻をきかせるシーンとか、やっぱり細かい。
プロダクションIGのお家芸は、格闘シーンだけでなく、「犬」もそうだったかとあらためて思い出した。

話を戻して、犬を愛して止まない人間なら、犬メタルは禁断の花園に違いない。一度そこに足を踏み入れれば、犬と対等になりたい、あるいは同一化したいという欲が生まれるのも理解はできる。しかし、それは犬にとってはた迷惑な話かもしれない。犬が必要なのは「ご主人様」であって、自分が二人(二匹?)もいらないと思っているかもしれない。

ここまで来て、はっと気がついた。
イノセンスの最後、「人形だって人間になりたいとは思わなかった」という意味の台詞があったが、人形を犬と読み替えれば非常にわかりやすくなる。ただ、人形と違うのは、犬は犬なりの自我があって、それは手と手を触れ合うというごく原始的なコミュニケーションの方法で伝わるものだということ。やっぱり、このアニメは電脳ワールドにアンチテーゼを与える方向で話が進んでるようだ。

ん? ちょっと待てよ。<人形と犬の話
RDには、まさに「人形」としてアンドロイドのホロンがいる。彼女は「ご主人様」である波留には絶対服従で、彼のために働くことが、当面の自分の存在意義と認めている。なんだか犬とものすごく似ている気がするのだが、彼女に自我があるとしたら、どんな形なのだろう。また、「人間になりたいか?」と彼女に尋ねたら、どんな答えが返ってくるのだろう。彼女と手を触れ合わせたら、何が伝わってくるのだろう。

あ。どつぼにはまった。(>_<)
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