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びおら弾きの微妙にズレた日々

お片付け効果

家の中を片っ端から片付ける作業に取りかかって一ヶ月以上。なんとなく家の中が心地良い。気分は軽快なときと重いときがあるかな。重いときは寝不足のせい。(--;) そしてなぜかウエスト回りの贅肉が少しだけ減った。昨年は弾けそうだったスカートのウエストのボタン(汗)が今年は楽々はまってちっとも苦しくない♪

片付けの醍醐味は、終わった後のスッキリ感が第一だけど、継続して片付けをし、乱雑なコーナーを少しずつ潰してゆくにつれ、自分がこの家の主になりつつある手応えを感じた。思えば、越してきて以来、ずっと家に振り回されていた気がする。
もう少し具体的に言うと、子育てや物書きその他で忙しいのにかまけて、家の手入れや掃除をずっと中途半端なままでやり過ごしてきて、「いつかはきちんとしなくちゃ」という意識がずっと脳みその一部を陣取っていた。で、その「いつか」をようやく「今」に変えることができたわけだ。すると妙な自信がつく。他にトラブルが降りかかってきたとしても、自力で乗り切れそうだと。

これで晴れてアラフォー世代を名乗れるかもしれない。
思えば、ごく若い頃からずっと、自分の手で自分の生活をデザインすることに憧れていた。ところが現実はちっとも甘くなくて、小さな家に親と同居していると、生活空間にしても生活のリズムにしても、どうしても自由がきかず親の都合に合わせなくてはいけないし、さらに悪いことには、安全安心な生活ができるなら多少の自由は犠牲にしても……と思うようになったことだ。ずっと鳥かごの中にいたようなものだった。多少は窮屈だけど、安全だしえさを探す必要はないし、てことで。自分の生活力のなさがずっと気にかかりつつも、あえて一人暮らしをする度胸は持てず、でもやっぱり自立したい。でも生活力がないし、自立しないと生活力は磨けないし……という無限ループに陥っていた。
お金が稼げれば自立できるかというと、とんでもない。生活力、つまり家事がきちんとできないと、自分の健康も守れない。適切な食べ物、清潔な衣類と部屋、金銭管理、人付き合い。

で、結局結婚という形で、半ば強引に親元を離れ、生活力をつけなくてはいけない環境へと自分を追い込んだはいいけれど、そう簡単に身につくモノでもない。やりたい趣味はたくさんあるし、家事は片付けても次から次へと湧いてくるしで、思い通りに家の中を整えるなんてそれこそ「いつかできたら」の世界。
15年たってようやく、自分の暮らす空間を自分の思い通りに扱える(動きやすく効率的なレイアウトで遊び心のあるインテリアに囲まれて……という空間へ改造できる見込みができた)境地にたどりつけた気がする。

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