音楽・アート(たまにアニメ)に関わる由無し事を地層のように積み上げてきたブログです。
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10年前の今ごろといえば、娘は高校受験の真っ最中で、息子は卒業式をひかえ、小学生として最後の日々を堪能していた。
そんな折、ダンナ氏の実家から連絡があって家が燃えていると。駆けつけた時はほぼ鎮火されていて、家の半分くらいは残っていたがとても生活を続けられる状態ではなく、最終的には取り壊すことになった。
それ以降、まるで平行世界にスリップしたみたいに自分をとりまく世界が変わってしまった。
義父が亡くなり、義父が飼っていた老犬は我が家で面倒をみることになった。しかし、イヌは生まれてはじめて飼う。世話のしかたがよくわからない状態で、とりあえずは当面必要になりそうなイヌ用品をそろえる必要があったので、近所のペットショップへ出かけた。
買い物の最中、不意にめまいに襲われた。と思ったら、異様に大きなうねりの地震だった。帰宅してからテレビをつけたら、すごいことになっていた。津波が町をまるごとかっさらっていく様子、水浸しになった空港の様子など、延々と流れ続ける映像を息子と見ていた記憶がある。娘は自室で勉強か何かをしていたと思う。
福島の原発がヤバいという情報がツイッターから入ってきたのはその日の夜だった。
自分のまわりだけでなく、日本全体が平行世界に飛ばされてしまったような気がした。暴力的な日々の変化に振り回される日々が続いて、たとえ物理的に時間がとれたとしても、まとまった文章を書くどころか、物語が読めなくなった。実は今でも小説という形で物語を摂取するのは苦手で、コミックなら楽しめるという少々めんどくさい体質になってしまった。
それでも生活は続けていかなくてはならないから、次々にやってくるタスクをちぎっては投げ、ちぎっては投げているうちに、何年か過ぎ、イヌは虹の橋を渡っていったし、ダンナ氏はジョブチェンジしてプロ無職兼主夫になり、息子はモラトリアム真っ最中で、娘はしっかり自立した。
自分は? 正直いってどこに立っているのかよくわからない。とりあえず家族の大黒柱をやっているのだが、「こんなはずではなかった」が連鎖して本来いるべきでない場所に来てしまった感があるし、意外と必要な回り道をたどっているのかもしれないとも思う。
あれから10年たち、今度は世界中が平行世界に飛ばされたかのような事態のさなかにある。この目で世界がパンデミックに陥る様を見ようとは。そしてまさかの移動制限と人との接触忌避。事実は人の想像を超え、小説世界の上を行くのだ。
最近よく思うのは、この世の理は意外とSFぽくて、パラレルワールドを渡り歩く、というか、もう少しあからさまに言えば悪夢から覚めたと思ったらそこも悪夢の世界だった、みたいな仕組みになっているのではないか? ということ。そんな世界で生きる意味を求めても無駄すぎるだろう。逆に生きてきた痕跡に対して何らかの意味付けをすることなら可能かもしれない。