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びおら弾きの微妙にズレた日々

一週間

それなりに何十年も生きていると、時として断層のように、その前と後でまったく世界が変わってしまう出来事/時期がある。
私にとっては、今月6日からの1週間がまさにそれ。プライベートでも日本全体でも大事件が続いてなかなかおさまらない。これを乗り越えた後に以前の日常が戻ってくるかと思えば、それはなく、新しい顔の日常が始まって、それが淡々と続いてゆくに違いない。
3月11日の午後、最初の地震が起きたときはペットショップにいた。それより前の6日に家人の実家が火事になって、焼け出された犬を預かっていたからだった。ひどく長い揺れが1分以上も続いて、ヤバい地震だなと思ったら、ヤバいどころではなかった。震源地が海底だったために、最大10メートルの高さにもなったという冗談みたいな大津波が東北沿岸部を襲っていた。その後の大混乱は周知の通り。1日目は大丈夫そうに思われた福島原発は次々と爆発を起こし、放射能をまき散らしている。

毎日ツイッターで情報を追っている。地震発生以来、ものすごい量の情報が飛び交っている。当然デマやガセネタも混じるが、面白いことに間違った情報はちゃんと淘汰され、最後には正解に一番近いと思われる情報、確実に事実の裏が取れた情報が生き残る。過激な発言、限度を超えて批判的な意見はどこかで諫められる。RTのマナーも周知された。頑張って一日中情報を流してくれる人もいる一方で、個人が発した情報が少しずつ集まって、全体として有益な情報の集まりになる過程もよく見える。
ツイッターというのは、個人の生の意見や情報をすぐに流せると言う意味で、全国規模の井戸端会議というか、案外原始的な情報ツールかもしれないなと思った。そして利用する人の知性を如実に反映する。

たまに参考程度にTVもつけて見た。映像の力はすごい。被害の量が一目瞭然。被害が次々に明るみに出るにつれ、あぜんとする。ただし、三日目になると民放の報道はワイドショー的になり、やたらに恐怖心や失望感を煽るようになってきたので、見るとしてもNHKあるいは海外ニュースだけになった。
なので、東電の記者会見がどれほどひどいモノかは見ていない。個人的には、まず原子炉を何とかして、落ち着いてから検証・批判をたっぷりやるべきだと思っている。放射能漏れ関連で一番心配しているのは被爆差別。本物の放射能汚染より、風評被害の方がダメージが大きくなるだろう。

肝心の東北の人たち。
本当に心からお見舞い申し上げます。としか言えない。家人の実家も半日で焼けて廃墟になってしまった上に、家長である義父がずっと意識不明という結構大変な状況ではあるけれど、地震と津波の被害状況を見たら、うちは全然大丈夫、と思ってしまった。私だけでなく、家人も兄弟もみんな同じこと言ってる。携帯はふつうに使えるし、一時的に寝泊まりする場所も、すぐに市が斡旋してくれた。(しかし、焼けたものの後片付けはなかなかハードだった。力仕事は若くて元気な子に任せるに限る)

実は、被災地域の中心が東北だと知って反射的に「それならきっと大丈夫」と思ってしまったのだ。
その昔、全国規模のチェーン店本部で働いていたことがあるが、その時、東北出身者は店長になるまで育つ率がとても高かったし、店長になったあとも人を育てるのが上手かった。他の地区の教育を任せることもしばしば。「東北は人材倉庫」と言われていたほどだ。長い冬を協力し合って乗り越えなくてはいけない、という風土的な理由もあると思うが、とにかく人間的にきちんとした人が多かった。
生き残った人たちは大変な中でもうまく協力し合って世界が驚くぐらいのスピードで復興してくれるだろうと思っている。
当事者でも被災者でもない自分にできることといったら、まず彼らの邪魔をしないこと。金銭面での支援は惜しまないこと(もちろんできる範囲で/汗)、東北の特産品を積極的に購入すること、復興が本格的に始まったら旅行に行って観光費をたくさん落とし、かの土地の素晴らしさをPRすること。あとは、たぶん、これは時間がたてばたつほど必要になってくると思うのだけど、気持ちを明るくできる何かを提供すること。あれだけの被害を受ければ、誰だってたとえ表面は明るく元気に振る舞えても、心の奥には深い傷が何年も横たわったままだと思う。

さて、実家がなくなってしまい、義父が倒れてしまった影響はやはり大きい。大きな節目だ。どんなに片付けが終わって普段とかわらない生活ができるようになっても、もう以前の日常は戻ってこない。日本全体をみてもそれは同じ。この先どこへ向かうのか。ツイッターではないけれど、個人の意見が少しずつ集約・反映されて、それで国の舵取りが決まるのではないか。
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