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びおら弾きの微妙にズレた日々

人の声とフルートの音色は案外相性が良い

友人が、新美南吉作品の朗読会を開くと聞き、豊田まで車を走らせた文化の日。今年は南吉生誕100周年の記念イヤーですからね。

このイベントについては準備の段階から話を聞いていて、その大変さを多少なりとも知っていたので、実を言うと、前の日から自分のことでもないのに、うまくいくかどうか心配になってよく眠れなかったほどで。

でも本番が始まると心配は杞憂に終わり、会場となった交流館の小ホールはほぼ満席だし、とても上質な時間を過ごすことができた。
朗読の前後には、アニメのOPとEDというイメージでフルート演奏が入る。日本昔ばなし風のスタイルだけども、子守唄で統一されており、あれよりもずっとお洒落。
朗読が2編終わってしみじみしたところで、フルート独奏の時間が入る。一気に華やかに。そして最後に朗読をもう1作品。全部で約1時間。
シンプルだけど、バランスの良い構成だったと思う。

朗読作品は「子どもの好きな神様」「手袋を買いに」「でんでんむしのかなしみ」

語り始めはフルートと人の声が重なるのだが、フルートの低い音域と人の声の音域がうまい具合に重なるだけでなく、音質的にも違和感なく両者がうまくとけ合って、なかなかよい効果が出ていた。
その時に強く感じたのは、「声は楽器である」ということ。ふだん、人は喉から出る音に意味を持たせてコミュニケーションのツールとして使っているけれど、声は基本的に「音」であり、朗読は一種の音楽なのだと思った。だから音色や響きの質、強弱、アクセントなど、音楽と似た要素が案外大切になってくるのだなぁと。言葉の意味が聞き取れればそれでいいのではなく、内容に即した響きを、声は持っていなくてはいけない。そこが朗読の難しさであり、奥深さだと思う。
子どもが親の読み聞かせにうっとりとなるのは、たぶん、本の内容よりも親の声の響きのためなのだろう。

フルートはピアノ無しで、本当にどソロだったので、吹きにくそうではあったけれど、聞き手としてはフルートの生音がしっかり堪能できて、また、安定して表現力のある演奏だったので、安心して聴き惚れることができた。曲目は「愛のあいさつ」「アルルの女」、ショパンの「ノクターン(Op9-2)」など、超有名どころ。いやほんと、シンプルで誰にでも馴染みのある曲をきちんと聴かせることができる、というのは、相当の技量がいるものなのだ。


本番が終わった後、友人に声をかけて帰ろうと思っていたが、すでに多くの人に取り囲まれ、声をかけられていて忙しそうだったので、メッセージだけ残してそっと立ち去った。
会場スタッフの人たちの働きぶりは、細やかで感じのよいものだったし、こういった人の輪を見るにつけ、その友人の人柄が反映されているのだなと思わずにはいられなかった。

本当におめでとう&お疲れ様。そして良い時間をありがとうございました。
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