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びおら弾きの微妙にズレた日々

学校で習えること

先週の木曜日は、子どもたちの授業参観。その後、修学旅行説明会が続いて午前中いっぱい校内をうろうろ。

最近は趣向をこらした参観が多くて、おかげで退屈しないですむ。先日の場合、下の子(三年生)が「福祉実践教室」ということで、盲導犬について学んだ。実際に盲導犬を利用している方から話を聞いて質問するという形。
上の子(六年生)は、なんと「道徳」。どんな内容の授業になるのか、前日に本人に聞いてみたが「わかんない」とあっさり退けられた。
いざ、教室をのぞいてみると、先生が黒板に「生きる意味」と書いているところだった。

なんと大それた課題。



先生は次々に質問をし、子どもたちはプリントに答えを書き込み、発表する。「人間はどこが素晴らしいのか」「良い人生とは」「良い人生を送るにはどうすればいいか」などなど。
大人なら頭を抱えそうな問題に、子どもたちは次々と自分なりの答えを出していく。
「やりたいことのできる人生(が良い人生)」
「人の役に立つことをする」
「健康に暮らす」
などなど……。
いやはやすごい。親の受け売りであっても、そのときぱっと思いついたことで突っ込みどころがたくさんあっても、とにかく答えをきちんと出せるのがすごい。ふざけたものやウケ狙いは混じっていない。
もっとも、子どもたちが本当に素直で朴訥なのか、それともこういう答えを出せば先生は満足すると見抜いた上でのことなのかはわからないが。

で、数日後、この話を聞いたダンナは娘に言った。「生きる意味なんて大してないよ。どうせ人はいつか死ぬんだからあんまり深く考えすぎないほうがいいって」

人生の意味なんて、探してもそれこそれ無意味で、生きていくうちに適当に出来上がっていくものだとは思うけど、ま、それに気づくのも子どもの成長にまかせるということで。
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