あいちトリエンナーレが大炎上をおこして約一年。ウイルス騒動のおかげですっかり遠い過去のような気がするが、まだ一年しかたっておらず、県知事リコール運動に見られるように、残り火はまだくすぶり続けている。
また、今でもアート関係者による総括的な記事を目にすることがあり、まだ終わっていないのだなという実感を強くするし、どんなに言葉を尽くしたところでまとめきれるようなものではないだろう。恐らくあいトリが世間に提示した問題には、終わりがないのではなかろうか。
そんな中で、自分の中のモヤモヤが少しほどけた記事に出会ったので紹介する。
かもべり ソーシャルディスタンスアートマガジンより
「遠藤水城 ハノイで考える それでもアートをやること」→
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ベトナムで活動するアーティストならではの視点を持つ遠藤氏と、インタビュアーの島貫氏のやりとりは、あいトリをリアルタイムで体験したものにとって、首がもげるほどうなずける発言が多かった。
特に炎上の根本的な問題である「検閲と自由」についての話が興味深い。
遠藤氏が活動するベトナムは社会主義国家だ。社会主義国家では、例えば旧ソ連がそうであったように文化活動は国のため、国民に善きものを提供するため、という大義名分がある。時として政府のプロパガンダに陥る危険性を持ってはいるが、少なくとも、芸術の目的は民衆にある。ということは、民衆のためにならない表現は表に出せない。そこがまず「個人の自由な表現」を求める日本の現代アートと大きく違うところだ。
また、「検閲」に反対する意思表示として、多くの海外作家が展示を取り下げたのだが、展覧会のボイコットに関して言えば、作家のみならず観客もまた「見に行かない」という形で意思表示ができたはずだという指摘が遠藤氏からなされた。これには虚を突かれた思いだった。自分は「あえて見に行かない」選択はしないが、そういう運動が起こっても全然おかしくなかった。なのに起きなかった。なぜ? 観客は結局のところ「お客様」なのか。
あいトリのハイライトとして、遠藤氏は大浦信行「遠近を抱えて partⅡ」、ホー・ツー・ニェン「旅館アポリア」をセットで捉えていたが、これから目からウロコというか、言われてみればなるほどとしか思えない。大浦作品に関しては、表現方法云々の前に、そもそも天皇の写真を燃やすことが許されるのかどうかが問われていることが重要で(だからこそ、それを許さない勢力があいトリを燃やしにかかったわけだが)、ホー・ツー・ニェン作品については、そもそもシンガポールは強力な検閲国家であり、それをすり抜けた作品しか発表できないこと、そして戦時中の日本軍の行動を部分的にせよ肯定することはシンガポール国家の意志に反すること、が指摘されており、それでさらに目の前の霧が晴れた思いだった。
「遠近を抱えて partⅡ」はあいにく未見だが、昭和天皇の写真を燃やすシーンがあるというのですっかり有名になり、その情報ばかりが独り歩きして、作品の本来の意図とは違うふうに解釈され炎上を招いたという。しかし「作品の解釈」以前に、天皇の「御影」こと写真を燃やす行為そのものが問題視された時点で、この国の本性が現れた。言い換えれば、国民のほとんどが天皇の存在を今なお神聖不可侵なものとして内在化させている。
それは、現在のコロナ禍であぶり出されたものと同質で、ふだんは表に出ない暗黙の同調圧力ともつながる。天皇とは無条件に敬うべきもの、お上の言いつけには文句を言わず従うもの、世間様を騒がせることはNG、などなど……。戦争に負けたからといって、75年たったからといって、簡単には国民性は変わらない。
「旅館アポリア」については、とにかく質量もテーマも凄い作品だと感じていたものの、疑問に感じる点も多かった。なぜシンガポールの作家が戦時中の日本をテーマにするのか。しかもあからさまな「反戦・反日本」的なニュアンスを感じさせず、逆に居心地が悪かった。さらに顔のない断片的なフィルムが何本も展示される形式で、いったい何が言いたいのか掴みづらい。このわかりづらさが検閲をすり抜けるためだとしたらものすごく納得がいく。本心を巧妙に潜ませるという意味で、ショスタコーヴィチのシンフォニーの難しさと似ている(このソ連の大作曲家の作品には未だに謎が多い)。
それが遠藤氏の指摘により、「旅館アポリア」は戦時中の日本を素材として利用しながら、シンガポール政府の見解に反する内容を表現をするのが目的ではなかったのか、という可能性が見えてきた。ならば話はわかる。
美は美として独立した存在に見えるかもしれないし、時代を超えて人の心を打つ美術作品があるのは確かだが、こと「表現」となるとそれを制作する人間の社会的立場が大きく関係してくる。その表現が社会的に許されるのかどうかもまた、社会のあり方に関わってくる問題だ。あいトリはそれをイヤというほどわかり易くつきつけてくれたのだな。
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