びおら弾きの微妙にズレた日々

「千人の交響曲」における「千」とは限りなく巨大な何か

というわけで(タイトル参照)、先月に続いてこの10月も名フィル定期演奏会へお出かけ。
今回は文豪シリーズ「ファウスト」編で、内容は次の通り。

〈プログラム〉
マーラー: 交響曲第8番変ホ長調『千人の交響曲』
〈出演〉
小泉和裕(指揮/名フィル音楽監督)
中部フィルハーモニー交響楽団(共演)
並河寿美(第1ソプラノ)
大隅智佳子(第2ソプラノ)
三宅理恵(第3ソプラノ)
加納悦子(第1アルト)
福原寿美枝(第2アルト)
望月哲也(テノール)
宮本益光(バリトン)
久保和範(バス)
グリーン・エコー,名古屋市民コーラス,名古屋混声合唱団,一宮第九をうたう会,名古屋シティーハーモニー,クール・ジョワイエ(合唱)
名古屋少年少女合唱団(児童合唱)

マーラーの交響曲には日頃から親しんでいる管理人だけども、これまで八番は何となく敬遠してきた。長いだけでなく、合唱メインな編成や特殊な曲の構成のために、取っつきにくそうだと感じていたからだ。だから逆に今回の演奏会は、生でがっつり味わえるよいチャンスとなった。

まずは予習! ということで、歌詞の検索に楽曲検索。Wikiの解説を見る。どれもネットの海からひょいと拾い上げれば手に入るので、(学生時代の面倒くささを思えば)本当にいい時代になった。

8番の何よりの特徴は、合唱が主役だということ。
マーラーは管弦楽をとても色彩豊かに使う作曲家で、それは各交響曲にしっかり現れている。その一方で、声楽との融合にも熱心で、最初期の「嘆きの歌」や2~4番の交響曲では歌が入っている。けれども、8番は歌の比重が格段に重く、合唱(およびソロ歌唱)+伴奏としての管弦楽といってもいいぐらいだ。実際、合唱団は混声4部×2組+児童合唱で、ソリストは8人。
まるでオペラやオラトリオなのだが、起承転結を持つストーリーがあるわけではなく、聖書のストーリーをなぞっているわけでもない。さらに、交響曲といいながら、楽章があるわけではなく、長い「第一部」とさらに長大な「第二部」に分かれているのみ。
扱われている内容は、第一部では聖霊礼賛であり、第二部では「ファウスト」最終場面、栄光の聖母による魂の救済の場面である。聖書をなぞっていなくても宗教的なテーマであり、作曲家本人が神性を感じるものを謳い上げていてる。マーラー本人の言によれば

内容も形式も独特なので、言葉で表現することができません。大宇宙が響き始める様子を想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、運行する惑星であり、太陽です
                   ウィレム・メンゲルベルク宛の書簡より
                              出典:Wikipedia

ということで、普通なら「その自信はいったいどこから?」と揶揄したくなるのだが、マーラーに限っては本当に言葉通りで恐ろしい。
面白いのは、西洋の作曲家が、聖書に限らず神聖なテーマを音楽にしようとする場合、人の声を使うこと。交響曲に声楽を取り入れて大事件を起こした作曲家といえばベートーヴェンが有名だけども、その第九にしたって、ベートーヴェン自身が「神聖なるもの」と感じた内容を歌にしているのだから。

そんなわけで、この交響曲にあるのは、ひたすら賛歌と祈りと栄光の光。圧倒的な音圧は第一部に、繊細な美しさは第二部に顕著だが、6番や7番に見られるような皮肉っぽさや陰鬱さは影を潜める。マーラーの音楽のうち、屈折した部分を愛するタイプにはあまり好かれない曲には違いない。(さらに言ってしまえば、徹底した神聖さの表現という観点で見ると、ブルックナーのほうが上手だと思う)


さて、演奏会当日はどんな舞台だったかというと、それはもう編成の大きさがひしひしと感じられるセッティングだった。場所は日本特殊陶業市民会館の大ホール(名フィルにとっては昔のホームグラウンドであり、旧名は名古屋市民会館)で、決して小さなホールではないのだが、舞台の7割は合唱団+ソリストが占め、オーケストラピットをせり上げて拡張した舞台にはふだんの1.5倍近いボリュームのオーケストラが乗り(実は中部フィルと合同のオケ)、さらに特殊楽器も満載で、何もかもぎゅうぎゅう詰め。実際には500人程度の人が乗っていたとのことだが、通常のオケのみの編成だと多くても100人位なので、人数の破格な多さがわかると思う。

いざ、演奏が始まると、予想はしていたが「Veni, creator spiritus(来たれ、創造主たる聖霊よ)」の大合唱に吹き飛ばされそうになった。これはヤバイと思ったが、聞き進めるうちに、なんだか管弦楽の響きがイマイチのような気がしてきた。合唱の声は響きよく、管楽器の音がダイレクトに飛んでくるのに対し、弦楽器の音があまり響いてこない。これは、おそらく席のせいではないかと思うが、3階後方にいたので、視界は抜群だが、舞台前方に乗っている弦楽器の音が届きにくかったのだろう(やはり席代をケチるべきではなかった)。
しかし、2楽章に入ると、繊細な楽器同士の掛け合いや合唱の美しい響きが楽しめた。特にフィナーレ手前の神秘の合唱は、鳥肌が立つレベル。ホール内の空気全体が震えて響きを作っているのがわかる。人の声の底知れない力を感じましたとも。

一つ、残念だったのは字幕。これだけ歌の占める割合が多く重要な意味を担うとなれば、今どんなことが歌われているのかリアルタイムでわかると、感動が倍増しになったに違いない……のだが、会場の制約とか予算の制約とか裏側の事情があるのは想像できるので、あまり高望みをしてはいけないな。

以下は初日終了時の名フィルさんのツイート。
二日目のチケットは完売で、大入り袋が出たそうです。