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びおら弾きの微妙にズレた日々

ほぼ初体験のワーグナー

今日は久しぶりのコンサート。ワーグナーの「指輪」の抜粋を聴いてきた。
演奏会内容について、詳しくはこちら→名古屋ワーグナー管弦楽団
アマチュアがよくもこんなに難しい曲を演奏しきったなぁ、本当に凄い面々だと思う。が、演奏の出来不出来についてのコメントはよそをあたってもらうことにして、ここでは、「指輪」についての個人的雑感を書き記すことにする。

いやもう、本当に中身の濃い演奏会で、聴き終わったらお腹いっぱい。帰宅してからパンフレットにじっくり目を通しながら演奏会のあれこれを思い返す。が、簡単に消化しきれるような内容ではなく、ただ、ブリュンヒルデ役の方が、魂の底から声を絞り出すような激しさで歌っていらしたのが強く印象に残っている。愚直なまでに純粋なジークフリートとは対照的で、女性とはつくづく業の深い存在だと共感した次第。(だからこそ世界を救えるのです←きっぱり)

ストーリーについては、曲の合間に解説が入ったこと、そしてパンフレットに詳しく説明が書かれていたおかげですんなり理解ができた。もちろん前もって映画版「ニーベルングの指輪」を見ていた効果は大きいが。(←この作品はワーグナーの「指輪」とは少し設定が違うし、ワーグナーの音楽も一切登場しないが、ジークフリートとブリュンヒルデの物語を中心に据えて作られており、愛と裏切りの構図はワーグナーの指輪とほとんど同じ)
とにかく神も人も見事に欲に溺れ、約束や誓いはすべて破られ、そこまでするか?と驚愕の展開なのだけれど、ぐだぐたになってしまった世界を、最後にブリュンヒルデが炎の神の力を借りてきれいに清算する。堕落してしまった世界をすべて――そう、愛する人と自分をも含めてきれいに焼き尽くす。そこで話が終われば普通の悲劇なのだが、ワーグナーが凄いのは最後の最後に「愛の救済の動機」を流したことだ。これがあるから、堕落してしまった世界に赦しが与えられたことがわかり、同時にブリュンヒルデとジークフリートの魂がこの世でない場所で結ばれたこともまた示される。そして奥深い感動につながる。

さらにパンフレットの対訳をつらつら読みながら「ラインの黄金」て何だろうと思った。人の世を離れ、河底にあってこそ純粋かつ魅力的に輝くもの。愛と情欲を断ち切った者にのみ手に入れることができ、指輪にして身につければ世界を統べる力を持つという。当然これはただの貴金属ではなく、何かの比喩のはずだが、いったい何を象徴しているのか。ただただ圧倒的な「力」であることはわかるが、それは暴力で支配する力ではなく、人を惹きつけるカリスマ力と考えても良さそうだ。「穢れとは無縁の愛」と言ってもいいのかしらん。

こうしてワーグナーの曲を聴いてみると、この作曲家の場合は「始めに物語ありき」なのだなと感じる。音楽の中に物語が潜んでいるのではなく、音楽は物語を語るための道具なのだ。
と、気がついて納得した。どうして自分がこれまで「マイスタージンガー」や「タンホイザー」、あるいは「パルジファル」などを弾いたことがあるにもかかわらず、「ワーグナーとは相性が良くない。理解しづらい」と思っていたのか。
ワーグナー作品は管弦楽だけでは完結してないからだ。それぞれの楽劇全体を知った上で、その一部として楽しむのでないと本質的な魅力がつかめない。

ということで、今日は本当に貴重な体験をしたのだった。
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