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びおら弾きの微妙にズレた日々

めくるめく決戦絵巻を聴いてきました(名フィル演奏会)

前評判につられ、思い立ったら吉日とばかりに、名古屋フィルハーモニーの定期演奏会を聴いてきた(去年の今頃も同じように、さくっと前日にチケットを買って出かけた演奏会があったような気がする。これは! と思ったらすぐに聞きに行けるいうよい時代になったものだ)。

今回のプログラムはこちら。がっつりソヴィエト特集。
ショスタコーヴィチ 交響詩「十月革命」
ハチャトゥリアン フルート協奏曲
プロコフィエフ カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」

フルート 上野星矢
メゾソプラノ 福原寿美枝
合唱 グリーン・エコー
指揮 川瀬賢太郎
一言で感想を言うなら、「一大スペクタクルを聴いてきた」。どの曲も臨場感にあふれ、強烈に視覚に訴えてくる。

「十月革命」はロシア十月革命五十周年を記念する式典のために作曲された。銃撃戦を描写したという打楽器群は大活躍。自分がすわった上手P席からはシンバルや小太鼓の動きがよく見えて面白かった。また、楽器やセクション同士があえて対立しあうような音のぶつかり合いをしているのがよくわかる。
体制を素直に賞賛するものではなく、むしろ不安や動乱のイメージ、郷愁などがかき立てられ、いかにもショスタコという響きがする。ショスタコの音楽を聴くと、これはロシアではなくソヴィエトの音楽だといつも強く感じさせられるが、理由のひとつして、音楽の中に人為的な歪みを感じるというがある。音楽の中でいくつもの要素が対立しつつも最終的には解決されないまま、力業でフィナーレへなだれ込むといったらいいのか。それはあたかも、さまざまなカラーを持つ民衆が有無を言わされず国の体制に飲み込まれていくよう。

「フルート協奏曲」はとにかく超絶技巧の連続で、それはソリストだけでなく、オケの奏者にも容赦なく求められる。いくらプロが演奏しているとはいっても、ついつい手に汗を握りつつ聴いてしまった。しかし、ソリストの上野氏はこれを平然と美しく吹いてしまう。見事なものだと思う。アンコールでは一転してダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)をゆうゆうと吹き鳴らし、ホール内を美しいひびきで満たした。誰でも知っている曲だけに、アーティキュレーションの妙味だとか、装飾の付け方だとか味わっていると、目から……いや、耳からウロコがぽろぽろと落ちる。もうこれだけでチケット代のもとはとれたと思った。

さてさて、メイン曲の「アレクサンドル・ネフスキー」は、音楽職人プロコフィエフが手がけた映画音楽のひとつ。十三世紀、ノブゴロド公国がスウェーデン軍の侵攻を退けたという故事を題材にして、エイゼンシュテイン監督が「アレクサンドル・ネフスキー」という映画を制作。その劇伴をプロコフィエフが担当し、のちに演奏会用組曲として残したもの。
オーケストラ+合唱隊+メゾソプラノという大編成で、音響効果も絶大。
プロコフィエフは最低限の薄いオーケストレーションで最大の効果を作り出す天才で、P席から舞台を見下ろしながら、「これだけの奏者でこんなに鮮烈なイメージが!」と、なんど感嘆のため息をついたことか。
合唱隊は群衆や軍隊などのいわゆるモブ役だが、質量を伴うモブなので、ものすごく大きなスケール感が出る。祖国を守るために立ち上がる人々の叫び、足音高く侵略を進めようとする敵軍の不穏なコール、どちらにしても映画の中でも特に熱狂的なシーンが浮かぶような迫力があった。
さらに、印象的なのがメゾソプラノ歌う第6曲「死せる野」。これは戦いが終わり、傷つき命を落としたものたちが点々と横たわる荒野に流れる鎮魂の歌。ロシア版戦乙女とでもいうべき女神が死者を弔い、生き残った戦士を慰める。これも絵にしたいぐらい視覚に訴えてくる。
聞き終わったあとは、まさに、映画1本分見たあとのような疲れと満腹感がどっと押し寄せてきたのだった。
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