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びおら弾きの微妙にズレた日々

フランス音楽の印象

今回、のだめ演奏会のテーマがフランス音楽で、選曲も当然フランス人作曲家のものが中心。「ボレロ」、「魔法使いの弟子」など、馴染みがあるようで、実際に楽譜と向き合って見ると「へぇー」なことだらけ。音の作り方のみならず、楽譜の書き方からしてベートーベンやブラームスとはどこか違う!
楽譜を見てまずへぇーと思ったのが、びよら用のアルト記号が独特なこと。普通はアルファベットのCをたてに2個くっつけた形なんだけど、ボレロや魔法使いの弟子のそれは、Cがかぎ型になってる。
それにやたらディヴィジョン(2声に別れる)が多いし、練習番号はアルファベットでなく、数字でこまめについているし。
また、楽器の略称がフランス風なだけでなく、ところどころフランス語で指示がかかれている。「さらに活き活きと」とか「弱音器をつけて演奏」という具合に。普通はイタリア語で書くものなんだけどなぁ。

楽器の略称の例
     (一般的→フランス式)
バイオリン Vl→Vons
びよら   Vla→Altos
チェロ   Vlc→Velles

フランス人ていうのは、自分のやり方を曲げない種族って噂だけど、本当かもしれない。

さて、細かいことはおいといて、本題、音の印象へ。

まずは日本で圧倒的優勢をほこるドイツ音楽について、これを何か具体的なものに例えるなら、建築物だと思う。
シンフォニーに限らず、室内楽やピアノソナタまでクラシックの曲にはちゃんと形式と約束事がある。ソナタ形式ならまず主題が提示され展開部があって再現部があるとか、調性ごとに使える音や和音の組み合わせが決まっているなどなど。
ドイツの作曲家たちはそういった決まりごとを大筋で守り(時には確信犯的に破るけど)、理論的にそして立体的に音を組み上げてゆく。その様子はまるで建物を見ているよう。モーツァルトのシンフォニーなんか聴いていると、大聖堂を見上げている気分になる。ベートーベンなら城砦かな。

他にも、イギリスの音楽には文学を感じるし、チェコ系の音楽(ドボルザークとかスメタナ)なら歌と踊り、ロシア系(チャイコとかショスタコとか)なら土の匂い、つまり憂鬱さと一種の郷愁を感じずにはいられない。
結局民族性が出るんだろうなあ。ヨーロッパは地続きだし(イギリスを除いて)、宗教もとりあえずキリスト教でくくれるから文化の壁が低い。だから例えば、一つの音楽形式が流行れば、それはすぐにヨーロッパ中に広がり、表面上は同じような形式で音楽が書かれることになる。でも、民族ごとの個性はちゃんと残るのが面白い。

で、近代~現代のフランス音楽。これは、有名曲があるにもかかわらず、もや~っとしていて難解だというイメージが強い。いっしょうけんめい構成を追っていたらいつの間にか終わっていた、みたいな。
フランス音楽は、「絵」じゃないかと思う。例えば、ドビュッシーの音楽と、モネの絵画を比べてみたら、受ける印象はよく似ているはず。具体的な事物の輪郭はぼやけていながら、色と雰囲気、その場の空気が強く伝わってくる。
ラベルの「ボレロ」や、デュカス「魔法使いの弟子」にしても、音を聞きながら色彩や動きが見えてくる点で、やはり絵に近いものがあると思う。今度の演奏会では演奏しないけれども、フォーレについても同様。聞くところによると、フォーレは作曲をするとき、メロディではなく和音の進行を最初に決めたという。日ごろ、しょっちゅうフォーレを聞いている身としてはものすごくうなずけるのだった。フォーレは、音の響きが移ろってゆく、そのさまが素敵なのよ。

そのフランス音楽を実際に弾いてみた印象はというと。
一筋縄ではいきません。楽譜どおりに弾ければ何とかなるドイツの音楽と違い、ニュアンスを感じて弾かないと、うまく曲のノリに合せられない。おまけに調性なんてあってないようなものだし。つまり、耳慣れない和音と臨時記号の嵐。まあ、和音が色を表すと解釈すれば納得はいくのだけどね。




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