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びおら弾きの微妙にズレた日々

夏だけど春

昨日の昼食の友は、シューマンの交響曲第一番「春」
バーンスタイン指揮、ウィーンフィルの演奏。

なんでこの曲を聴く気になったかといえば、先日カーラジオから聞こえてきて、明らかに知っている曲なのに、タイトルがとっさにわからず悔しい思いをしたから。(なんて理由)
歌えるのにタイトルが分からない曲って、すごくもどかしい。

「春」は、かつて学生オケで弾き、今でもお気に入りのひとつ。
春を迎えた喜びや陽気さに満ちあふれていて、文句なしに好きだ。
(弾くとなれば話は別だが……特に報われない2楽章は勘弁)
この曲は、シューマンのフロレスタン的、つまり明るい面が強く出ているんだろうな。
ヨーロッパ北部では、冬があまりに長くきびしいため、春がくると本当にネジがゆるんでしまう人が出ると噂で聞いたことがある。

じっくり聞いてみて、この演奏は音が生きている、と思った。
シューマンに限らず、作曲家はスコアに記す音のすべてに意味を与えていると思うのだが、その意味をくみ取り、解釈してオケに指示を与えるのが指揮者だ。
それで、実際に音に命を与えるのが演奏者。
昨日聞いた版はそういう意味で完璧に思えた。
シューマンに直接語りかけられている錯覚さえ起こすほどに。
管弦楽ってすごい芸術だよな。
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