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びおら弾きの微妙にズレた日々

始まりはモーツァルト?

病院と買い物から帰ってきて、昼ご飯。
さて、BGMは何にしよう、としばし考えて、いつものようにモーツァルト。
最近、頭の中に疲れがたまることが多くて、眠れない日が多いので、のんびり出来る昼日中は自然とモーツァルトに手か伸びる。やはり効くんだろうか。

今日は交響曲25番。いわゆる「小ト短調」。
モーツァルトのシンフォニーはほとんどが長調で短調は2曲のみ、25番と40番だ。
どちらもト短調なので、25番は「小ト短調」と呼ばれることもある。
冒頭、激しいユニゾンのシンコペーションで始まり、鬱々とした音楽が少しずつ音量を落として、ふっと止まったかと思うと、いきなり長調の和音が大きく鳴る。鬱蒼とした藪の中から急に抜け出して明るい世界に出たみたいに。やっぱりこの人天才だ。

こんなにも有名なモーツァルトだから、有名な、特に25番のようなシンフォニーについてはあらかた解説は出つくしていると思うが、他人の感性を借りるだけではつまらない。一番いいのは自分の耳で聞いて感じて考えることだな。

モーツァルトといえば、大学オケでお世話になったK先生がモーツァルト全曲演奏会という企画を立てられ、実行された。もう15年ぐらい前の話だ。この先生にとって、モーツァルトはどのように聞こえたのだろうか。
実はK先生、小生意気な学生からはちょっと軽んじられているところがあって、やれ指揮が見にくいだの、曲の解釈に問題があるだの、陰でいろいろ言われていたりしたので、私はあまりお近づきにならなかったけれど、ひとつ、どうしても忘れられないことがある。

生まれて初めてシンフォニーに挑戦した大学2年生の春。はじめてK先生に振っていただいた時のこと。曲は「運命」の二楽章だった。
まだ音程も定まらない腕前で、♭4つ、すなわち変イ長調の主題を美しく弾くなんて、とんでもないことだった。音程とリズムが合えば万々歳というレベル。
ガチガチに緊張しまくる新二年生を前に、K先生はしみじみおっしゃった。「君たちは幸せだね。こんなに素晴らしいメロディを演奏できるのだから」と。その時、二楽章の冒頭はテキストでも課題でもなく、本当は生きている音楽で、喜ばしく演奏されるのを待っているんだと知った。
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