以前、このブログで「耳虫」なるものについて書いた。
あれから我が家では「耳虫」という言葉が定着して、最近では娘が「ソーラン節が耳虫になって困る」と言う。運動会で踊る曲だ。さもありなん。
自分の場合では、最近ちょっと意外に思った耳虫がある。
シューベルトのアルペジョーネソナタ。
万博が終わった翌日、閉幕の様子を流すテレビを見ながら、あるいは前日までのにぎやかな会場を思いながら、頭の中ではずっとアルペジョーネの1楽章が鳴りつづけていた。
この曲、確かに物寂しげな雰囲気があるものの、何かの終幕を表現したような曲ではない。
なのに、自動的に頭の中を繰り返し流れるのだ。
思い当たる理由が一つある。
この曲を集中的に聴いていた時期と、自分の中で何かが終わった時期が重なっていたという可能性だ。
たとえば、悲しい出来事があったときにある曲(どんな曲想でもよい)を頻繁に聞いたとする。すると、次に悲しい出来事があったときに、やはりその曲が頭の中に聞こえてくるのではないか、つまりパブロフの犬みたいなものである。
何かが終わった時期ねぇ。
……。
うーん、まだ痛くて文字に乗せることができないかも。
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