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びおら弾きの微妙にズレた日々

夏といえばワルトシュタイン

春には春の音楽があるように、夏にもがぜん存在感を発揮する音楽があります。(昔のチューブとかサザンとか……昭和は遠くなったな) 私の場合、夏はベートーベンです。いや、「夏も」というべきですか。夏になると必ず聞きたくなるのがこれ。
ピアノソナタ第21番ハ長調「ワルトシュタイン」
 ベートーベンが、日頃から支援を受けていたワルトシュタイン公に献呈したピアノソナタ3曲のうちの一つです。その3曲には、順に第21番、22番、23番と番号が振られています。23番は「熱情」として非常に有名であり、21番が「ワルトシュタイン」として知られるようになりました。なぜだか22番はノータイトルです。

 この曲は、一言で表すならさわやか系ですね。第一楽章は力強い躍動感と透明感にあふれていますし、心のつぶやきをそのまま鍵盤に落としたような第二楽章は限りなく微妙で優しく、第三楽章は、あたかも空を駆ける天馬のようなテーマと、それをささえる流麗なトリルが素晴らしいのです。
 これを聴いていると、濃い緑のかげを落とす木々、透き通った強い陽射し、真っ青な空がイメージとして浮かんできます。じわっと蒸してくるような日本の夏ではなくて、これは、きっと爽やかなドイツの夏。

 ベートーベンにとってピアノは、親密に心情を表現できる道具であり、また音楽上の実験の場でもあったといいます。そして、ピアノの低音部は彼自身の心の声、高音部は天の声だとも。
 ですから、「ワルトシュタイン」に限らず、彼のピアノソナタの中にしばしば現れる低音部と高音部の対立は、神に対する彼の問いかけと答えを表しているのだそうです。(これははるか昔、学生時代に取った「音楽」の講義の受け売り。とても納得できる説なのでずっと信じています)

 でも、小難しいことを考えなくても、素直に耳を傾けていれば、それだけで彼の心持ちが、聴くものの心に流れ込んできます。優れた音楽を聴いて感動するには、理論なんかいりません。どうして感動したか、を追及してゆくときに、初めて理論が必要になるのではないでしょうか。

 年に一度はやってみたい真夏のドライブ――窓を開け放し、「ワルトシュタイン」をガンガン鳴らして、対向車に不審がられながらも、山道をこれまたガンガンとばす――ふふふ……。
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