いちおう読書記録ですが、なにしろテーマがヴィオラ族の楽器なので、迷うヒマもなくこちらのブログに載せます。
あるヴィオラ奏者が幻の楽器、ヴィオラ・アルタと出会い、そのルーツを求めてヨーロッパを旅する話。ワーグナーに気に入られたというその楽器は近代の発明品であるにもかかわらず、非常に資料が少ないのだが、良い出会いと必然とでもいうべき偶然に支えられ、秘密のベールが少しずつはがされてゆく。
確かに「ヴィオラ・アルタ」という楽器は非常に認知度が低い。以前ヴィオラ族の楽器について調べたことがあるが、ヴィオラ・ダ・ガンバやヴィオラ・ダモーレに遭遇しても、アルタの名は見たことがなかった。
ヴィオラ・アルタとは何者か。一言で言えば音を五度下げたバイオリンである。それなら現在のびよらと同じじゃないかという話になるが、実はかなり違う。というのも、バイオリンはAの音が一番よく響くように設計されており、その寸法はすべて決まっている。もしヴィオラで同じ事をすると、つまり五度下げた音程でよく響くように設計すると、サイズはバイオリンの1.5倍になってしまい、肩で支えて弾くには無理な大きさになってしまう。それゆえ、ヴィオラは音の響きを少々犠牲にしてあるべきサイズよりも小さく造られているし、試行錯誤があるのか、作り手によってサイズがまちまちだ。(だから人のビオラはすぐには弾きこなせない) そしてこのサイズの半端さが、ヴィオラ独特の鬱屈した音色を生み出す。
ヴィオラ・アルタというのは、文字通りバイオリンをそのまま大きくした上でC線(バイオリンの最低音、Gより五度低い)を付け足した楽器だ。ドイツの音楽学者、ヘルマン・リッター氏が美しい響きを追求し、すみずみまで計算しつくして作り上げた。指板+糸倉+渦巻きの長さはきっかり43.51センチ、裏板の長さが47センチ。ちなみに普通のヴィオラは裏板の長さが40センチ前後で、バイオリンは35.5センチだからほんとにでかい。さすがにバイオリンの1.5倍とはまでいかないが、響きの美しさを十分に活かすためのバランスで作られている。
常識はずれな大きさで取り回しが大変な反面、著者の平野氏によれば、その音色は非常にクリアで外に広がる音だなのという。ヴィオラ特有のこもったような音色ではなく、パイプオルガンに似た純粋でベルカントな響きがするそうだ。だからこれはヴィオラの改良版と言うよりは、すでに別物の楽器だ。
この垢抜けた音色はワーグナーを喜ばせ、ワーグナーの影響下にあった他の作曲家たちの創作意欲も刺激した。例えば、現在ではヴィオラ用のソロ曲として有名なリストの「忘れられたロマンス」。これはもともとヴィオラ・アルタを発明したリッター教授に献呈された曲だし、また、リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」の第一ヴィオラのパートでは、通常のビオラでは出せない高音が頻出し、結果、バイオリンとヴィオラを持ち替えながら弾くという、あり得ない事態が起きているが、これはヴィオラ・アルタで弾くことを前提として作られたためらしい。
ではなぜ一世を風靡したかに見えるヴィオラ・アルタが今ではすっかり忘れ去られてしまったのか。