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びおら弾きの微妙にズレた日々

バレエなのにオペラのような

長久手フィルハーモニー管弦楽団第20回定期演奏会は

「クリスマス☆スペシャル」でありました。


 

前座 アンダーソン「クリスマス・フェスティバル」
本命 チャイコフスキー「くるみ割り人形 全幕 バレエ付き」
アンコール もうコレしかないでしょ、という選曲で、アンダーソン「そりすべり」

指揮 稲垣宏樹
バレエ Kバレエスタジオ・せとぐちバレエ
合唱 児童合唱団 We Are ONe

普通、オーケストラの演奏会で「くるみ割り人形」をやると言えば、たいてい組曲のことを指す。
アマチュアの分際でバレエ団と共演なんて、そんな恐ろしい大胆なこと、普通は考えない。
なにしろ、協力してくれるバレエ教室が見つかったとしても、児童合唱団の手配もいるし、そうすると、各団体の連絡調整が非常に煩雑になる。このマネージメントをこなせる人材が居るのか。(実際には居るのだが)
面倒な問題の中には舞台の設置もある。会場となる文化の家森のホールは、定員700名強の中型ホール。前部座席をつぶしてステージを広げたとしても、バレエの後ろにオケを押しこむのはキツイ。(これがもし、バレエ主体の舞台ならばオケはピットに入ることになるだろう)。結果、ギュウギュウに詰まった弦楽器群は隣の人とぶつかりそうだし、管楽器などは本来3列必要なところを無理やり2列に組み替えていた。そして今回もてんこ盛りな打楽器群はセンターに乗れず、下手側にぎゅっとまとまっていた模様。今回の座席は指定席で、たまたま手に入れたのが2Fの端っこだったので、陰に隠れて見えなかったのだ。残念(>_<)。(今回はなんちゃってピストルや、楽器としてのムチが登場するとのことで、実際に見るのを楽しみにしていたのに)
さらに前部座席を潰して舞台を広げると、ホールの収容人数が減って600を切ってしまう。お陰でチケットは一般販売二日目にして完売。たぶんバレエ関係者とオケ関係者とで買い占めてしまったものと思われる。本当は一般の人たちにこそ見に来て欲しいステージなので、この点は大変もったいない。(長久手市は最初からもっと大きなホールを造っておくべきだったと最近つくづく思う)

と、難題はいくつもあるのに、このオケはやってしまうんだな。一緒に見に行ったムスメさんが言っていたよ。

「長久手フィルよ、何処へゆく」

さて。前振りはこんなもんにしておいて、これからが感想です。
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イーハトーブ交響曲見てきたよ

今年夏休み最後のお楽しみとして、先週足を運んだばかりの愛知芸術文化センターまで、今度は娘を連れて、冨田勲「イーハトーブ交響曲」の名古屋公演を聞いてきた。(詳細はこちら→
宮沢賢治の世界を音楽として再現、その中で初音ミクが「バーチャルシンガー」として起用されているため話題になった曲だ。
初演は2012年11月。その後NHKで取り上げられたりしたので、その存在を知っている人は多いのではないだろうか。

しかし、交響曲は生で鑑賞してなんぼである。ありがたいことに再演決定で名古屋公演もある。チケットは先行販売の情報を掴んでいち早く入手。(もっとも、当日券が出ていたけどね)

関係ないけど、トリエンナーレの作品
ヤノベケンジ「サン・チャイルド」
実物は怪獣と戦えるレベルの大きさです


救済の夢

2013年8月25日、愛知県芸術劇場コンサートホールで行われた、「舞台神聖祝祭劇 パルジファル」全三幕(演奏会形式)を見てきた。これは企画の段階からとても楽しみで、本番は仕事が入っていたけれども有給をとって出かけた。

パルジファルは、大学オケ時代にすでに出会っていて、四年生最後の演奏会で「第1幕への前奏曲」と「聖金曜日の音楽」を演奏した。その時にこの祝祭劇の内容についてはあらかた知ったが、まさか後年になって全曲を聞く機会に恵まれるとは思いもよらなかった。ちなみに当時の印象は「金管のみなさんご苦労様」と「癒される旋律だわー。前奏曲のアルペジオは鬼だけど」で、それは今もあまり変わっていない(汗;)。やはり管楽器の響きがキモだなと。そして弦楽器は地味に大変なのだ。

さて実際に全曲を演奏会形式ながらも聴き通してみた感想は、4時間強という長丁場にもかかわらず、あっという間に終わってしまった気がしたこと。
指揮者が舞台袖から現れて指揮台の上に立つと、いきなり会場全体が暗転し、しばらくすると少しずつ舞台の上に淡く光がともり始め、闇の中からふわりと立ち上がるように前奏曲が始まる。その瞬間からパルジファルの世界に引きずれこまれた。その後延々4時間(休憩込みだと5時間)引きずり込まれっぱなし。終わった時はまるで夢からふっと覚めたよう、あるいは憑き物が落ちたよう。熱い感動というよりは、静かなさざなみのような感動が後を引く。
これが可能になるためには、歌手や合唱団、オーケストラの水準はもちろん、ホールの何もかもが最適の状態でなくてはならない。そのための労力・手間暇を思うと、気が遠くなる。なにもかも圧倒的。さすが、開演前に行列ができるわけだ。

以下、細部について箇条書きで。

☆舞台演出
演奏会形式なので、オペラのように歌手が役者のように立ちまわるわけではないし、劇のための舞台装置もない。が、細かな演出が各所になされていて、効果は抜群だった。
舞台中央、オーケストラの後方に歌手のためのステージが作られ、その後ろには黒地に銀の模様が入った垂れ幕がかかっている。オーケストラの譜面台は銀色のアルミ箔で覆われ、白い飾りも垂れている。オーケストラ奏者の衣装は、男女関係なく全員が上は白のシャツまたはブラウス、下は黒。一般的な演奏会では、男性は黒の上着を着るから少し奇異な感じがしたが、実際に舞台が始まってみると不思議な統一感がある。白と黒、そして銀色からなる聖なる世界。そこへきて、物語の展開に合わせ、色つきのスポットライトが舞台の上や背景となるパイプオルガンを照らす。例えば、紫の光がパイプオルガンの上部中央に集まれば、それは聖杯の輝きを意味するという具合。
第2幕、クリングゾルの魔の城が舞台になると、舞台後方の垂れ幕の上に一筋の赤い布が追加され、オケのメンバーは、今度は上下ともに黒の衣装。紫のライトが四方を舞う。それだけで禍々しい雰囲気たっぷりになるからスゴイ。1幕では黒ずくめのドレスをまとっていたクンドリが、濃い紫のドレス+ドレープの衣装に切り替え、妖女の雰囲気たっぷりとなる。
第3幕、ふたたび舞台が聖杯城に戻ると、第一幕と同じように白と黒の世界に戻る。それまで白シャツ+チノパン+素足でやんちゃ坊主を演じていたパルジファルは黒の衣装に身を包み、救済の騎士となり、呪いが解けた魔女クンドリは黒のスーツ姿。とてもシンプルだけど効果的な演出だった。
(クリックで拡大します)

☆日本語字幕
舞台後方の客席を利用し、左右二箇所に日本語字幕用の電光掲示板が置かれていた。三階席からも充分見え、なおかつ歌手やオーケストラも同時に視野に入るという絶妙の配置。
自分はとにかくストーリーを追いたい人なので、まずは食い入るように字幕を読み、それから歌手の歌声に聴き惚れ、ぴったりつけてくるオケの音に感心するという順番。
すると、歌の内容と音楽の内容が見事なまでにシンクロしていることがわかり、やっぱりワーグナーすごい、という結論になる。もちろんドラマも大いに味わい、寝てる暇はなかった。
ただし、時々意味が通りにくい訳文も……字数制限もあるだろうし、原文自体が意味不明な場合があるから仕方ないのだけど、音楽に助けられ、結構脳内補完しながら読んでいたと思う。本来は音楽が主体で字幕は補助的な役目を負うものなのだろうが。

☆歌手&合唱隊
全体的に素晴らしかったのは言うまでもないが、個人的に好きだったのは1番パルジファル(やんちゃ坊主から救済の騎士への変身ぶりが素敵すぎ)、2番クンドリ(あんなに複雑で難しい役どころをよくぞ演じきって下さいました)、3番花園の乙女たち(パルジファルを落とそうとする勢いの凄まじさったら。見事でした)
ツイッターで検索してみたら、アムフォルタス王の苦悩ぶりが素晴らしかったとの評を多く見かけた。思い返してみれば確かにその通り。また、クリングゾルの悪役ぶりも素敵だった。
合唱隊は舞台の背景的及び黒子的なポジションだけども、きちんと耳を傾けてみると良い仕事をしているのがわかる。決して主役たちの邪魔をせず、上手く合いの手を入れ、必要な時には神々しい響きでホールを満たす。実はとてもレベルが高い。

☆オーケストラ
お疲れ様でした。何よりもそれです。
4時間もの間集中して演奏を続けることがどれほど大変か、想像に難くない。
細かいことを言えば、1幕のTpトップの人がものすごい上手かったとか、全体的に上手いんだけど、時々現実的な金管の音色が聞こえてしまったとか、ホルンの弱音での音の出が超難しそうだとか、弦は大事な旋律はきっちり押さえているけど、弾けてるようでごまかしている箇所が実は結構あるだろうとか、いろいろあるけれど、彼らはプロではなく、日々の仕事や家事育児の合間を縫って練習時間をひねり出している人たちだ。それぞれに出来うるベストを尽くしている。そしてコンサートホールは救済の響きに包まれた。

☆今回の打楽器センター
センターと言っても、鳴り物は少ないのだ。今回舞台に乗っていたのは、ティンパニ2台×2組、小太鼓、鐘の音を再生するためのパソコン、と少なめ。でもそのティンパニがここぞというところで効果的に鳴り響く。時に管・弦楽器を圧倒する音量で、どうやったらあれほど迫力ある音が出せるのか不思議。
そして鐘の音! 少しでもイメージに近い音を求めた結果、ヨーロッパの教会の鐘の音を録音してパソコンで加工し、指揮に合わせてキーを押すことで数種類の鐘の音を順次鳴らせるようにしたものが使われたという。実際の響きは、よく聞けば確かに録音だなとはわかるものの、全体にくまなく教会の鐘が鳴り響いて、まるでホールが聖堂になったかのような効果があった。
いまどきの打楽器奏者は工作(自前で楽器を作ることも含む)に音データ加工まで、マルチタスクじゃないと務まらないのね、と感心しきり。

☆パンフレット
装丁、内容ともに非常に充実していて、売り物にしてもよいくらいのレベルだった。解説がたっぷり載っていて読み応えがあるかと思えば、漫画によるわかりやすい解説も。ネットで公開されているので興味のあるかたはどうぞ→「5分でわかるパルジファル」
個人的に一番興味深く読んだのはクンドリの解説だった。この魔女は本当に奥深いね。

今回も打楽器センターはやってくれました

昨日は長久手フィルハーモニー第19回定期演奏会@文化の家森のホールにお邪魔してきた。

今回のプログラムは…

ボロディン 歌劇「イーゴリ公」序曲
コダーイ 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」
ドボルザーク 交響曲第7番

指揮 今村能

できてから13年のアマチュアオケで、毎年じわじわと力をつけてきているのがわかる。
今回も色々楽しませていだいた。
対向配置だとか、ひな壇最後列に陣取った打楽器センターだとか。何より目立ったのは「ハーリ・ヤーノシュ」で登場したツィンバロン。
(ツィンバロンって?→)




「幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語」

いちおう読書記録ですが、なにしろテーマがヴィオラ族の楽器なので、迷うヒマもなくこちらのブログに載せます。
あるヴィオラ奏者が幻の楽器、ヴィオラ・アルタと出会い、そのルーツを求めてヨーロッパを旅する話。ワーグナーに気に入られたというその楽器は近代の発明品であるにもかかわらず、非常に資料が少ないのだが、良い出会いと必然とでもいうべき偶然に支えられ、秘密のベールが少しずつはがされてゆく。

確かに「ヴィオラ・アルタ」という楽器は非常に認知度が低い。以前ヴィオラ族の楽器について調べたことがあるが、ヴィオラ・ダ・ガンバやヴィオラ・ダモーレに遭遇しても、アルタの名は見たことがなかった。

ヴィオラ・アルタとは何者か。一言で言えば音を五度下げたバイオリンである。それなら現在のびよらと同じじゃないかという話になるが、実はかなり違う。というのも、バイオリンはAの音が一番よく響くように設計されており、その寸法はすべて決まっている。もしヴィオラで同じ事をすると、つまり五度下げた音程でよく響くように設計すると、サイズはバイオリンの1.5倍になってしまい、肩で支えて弾くには無理な大きさになってしまう。それゆえ、ヴィオラは音の響きを少々犠牲にしてあるべきサイズよりも小さく造られているし、試行錯誤があるのか、作り手によってサイズがまちまちだ。(だから人のビオラはすぐには弾きこなせない) そしてこのサイズの半端さが、ヴィオラ独特の鬱屈した音色を生み出す。

ヴィオラ・アルタというのは、文字通りバイオリンをそのまま大きくした上でC線(バイオリンの最低音、Gより五度低い)を付け足した楽器だ。ドイツの音楽学者、ヘルマン・リッター氏が美しい響きを追求し、すみずみまで計算しつくして作り上げた。指板+糸倉+渦巻きの長さはきっかり43.51センチ、裏板の長さが47センチ。ちなみに普通のヴィオラは裏板の長さが40センチ前後で、バイオリンは35.5センチだからほんとにでかい。さすがにバイオリンの1.5倍とはまでいかないが、響きの美しさを十分に活かすためのバランスで作られている。
常識はずれな大きさで取り回しが大変な反面、著者の平野氏によれば、その音色は非常にクリアで外に広がる音だなのという。ヴィオラ特有のこもったような音色ではなく、パイプオルガンに似た純粋でベルカントな響きがするそうだ。だからこれはヴィオラの改良版と言うよりは、すでに別物の楽器だ。

この垢抜けた音色はワーグナーを喜ばせ、ワーグナーの影響下にあった他の作曲家たちの創作意欲も刺激した。例えば、現在ではヴィオラ用のソロ曲として有名なリストの「忘れられたロマンス」。これはもともとヴィオラ・アルタを発明したリッター教授に献呈された曲だし、また、リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」の第一ヴィオラのパートでは、通常のビオラでは出せない高音が頻出し、結果、バイオリンとヴィオラを持ち替えながら弾くという、あり得ない事態が起きているが、これはヴィオラ・アルタで弾くことを前提として作られたためらしい。

ではなぜ一世を風靡したかに見えるヴィオラ・アルタが今ではすっかり忘れ去られてしまったのか。

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